青くて碧い
俯くウチにお袋は手に持ってたグラスをカウンターに置くとズカズカと音を立てて近づいて来たと思ったら。
「しっかりしなさい!!」
「いってぇっ?!」
ウチの背中を力いっぱいぶっ叩きやがった。ばっちーん!!と派手な音が鳴って、ウチが悲鳴を上げながら椅子から転げ落ちる。
ゴロゴロと床を転げ回るウチを腰に手を当ててふんぞり返りながら見下ろしている。
「いつまでもうじうじ悩んでるんじゃないよ!! やるならやる!! 辞めるなら辞める!! ハッキリしなきゃ他の子達に迷惑でしょ!!」
「んなこと言ったってよ!!」
「悩んでる時点で答えなんて出てるようなもんでしょうが!!」
ギクリと表情が固まった気がする。言われた通り、悩んでる時点で自分の中でどうしたいっていうのは決まってるようなもんだ。
ようはあと一押しが欲しい。そんな甘えみたいなもんだわな。
わかってる。わかってるよ。クソ情けないのはもうイヤほどわかってる。
だからウジウジ悩むんだろ。誰にどう言われたってどうにも心に響かなくて、あと一歩が踏み出せないことだってあるだろ。
「自信ががねぇんだよ。自分のやりたい事をやると決めたからってそれでアイツらについて行けるだけの何かを手に入れられる確証が一つもねぇじゃんか」
どんなに腹を括っても、どんだけ求められても。土台の部分で差が付いてたらどうにもなんねぇ。
アイツらの中で、ウチが1番弱い。現状の実力とかじゃなくて、伸び代とかそういうのも含めてそうだと思わされることは山ほどあった。
「うーん、困ったな。こりゃ重症だ」
翔也さんがポリポリと頰をかいてから、手持ち無沙汰なのかまたカクテルを作り始める。
シャカシャカと振ってるサマはやっぱりキマってる。イケメンは何しても絵になるんだなぁ。
「ハイ、これ」
「いや、コレって渡されても」
コレ、アルコール入ってる本物のカクテルじゃねーかよ。
未成年にそんなもんだすなよ、諸星のトップが未成年飲酒を勧めんな。どう考えてもスキャンダルの類だろ。
「オーシャンミストっていうカクテルでね。細かい泡とアメリカ東海岸のニューイングランドの美しい海と海岸線をイメージして作られたらしいよ」
「聞けよ」
「時には酒に溺れて嫌なことを忘れることだって必要だよ」
ダメだこの親父。娘に酒を飲ませる気満々だ。
飲むまで引かねえよなこれ。こういう時強引なんだよなぁ。
頭をガシガシと掻きながら翔也さんを睨み返すけど、ぜーんぜん動じねぇ。
相変わらずのニコニコ顔。ホントに飲むまで引く気が無さそうだ。
意を決して、グラスを持ってエメラルドグリーンのカクテルを見つめる。
ニューイングランドとやらが何処かは知らんけどこの色の海と言えばカリブ海って印象だな。
コレで全然違う場所だったら恥ずかしいから何も言わねえけど。
「っん」
「おぉ、いい飲みっぷり」
「ぷはっ」
ぐいっと煽ってカクテルを一気飲みする。美味いか不味いかはサッパリわからねぇ。
どっちかと言うと不味い。酒の美味さなんてわからねぇし、アルコールの苦味?が妙に舌に残る。
こんなん美味いって言って飲むのが大人かぁ。と思ったところまで考えて段々と頭がぐるぐると回って来たと思ったら。
そのまま意識が飛んだ。
「荒療治ねぇ。ブルーキュラソーなんて度数の高いお酒を入れたカクテルを入れるなんて」
カクテルを一気飲みして見事なまでに酔い潰れてカウンターに突っ伏した碧を見て、母親の雫は義理の父の翔也を見ながら溜め息を吐く。
仮にも親が娘に酒を飲ませて酔い潰したのだから、ため息も吐きたくなるだろう。
「ちょっとこのくらいはした方がいいでしょ。少しドツボに嵌り過ぎてるし」
「まぁね。優しいのがこの子の1番の良いところだけど、優し過ぎるのが悪いところが玉に瑕、ね。私がもっとしっかりしてれば……」
しかし、こうしてでも娘の暴走にも似たマイナス思考を一旦止めるための手段として、慣れてない酒で潰すのは手っ取り早い手段でもあった。
「そんなことは……」
「いいえ、私があの子に頼り過ぎたことがこうなった原因の一つなのは間違いないわ」
雫はかつてシングルマザーとして奮闘していたが、それを心配した碧が魔法少女になった経緯がある。
そうやって誰かのことをいつも最優先に考えていた碧にとって、自分のやりたい事を優先するのはどうにも苦手なことになってしまっていた。
「ほんの少しだけでも良いから、自分にその優しさを向けてくれれば良いんだけど……」
「大丈夫さ。今はちょっと迷ってしまっているだけだよ。俺たちの娘は、こんなことでへこたれないよ」
こうなれば親に出来ることは少ない。出来ることと言えば、碧の成長を固唾を飲んで見守り、信じることくらいだった。
当然ですが、未成年飲酒は法令違反なのでしないように。別にお酒が飲めることが大人でも無ければカッコいいことでもありません。