青くて碧い
「……ただいま~」
そろーっと音を立てないようにしながらウチの玄関をゆっくりと開ける。こういう時に高級な建具は音が少なくて良い。
特にこうしてコソコソ理由は無い。というか、無いから恐る恐るって感じだ。
理由も無いのに帰って来るな、とお袋には文句を言われそうな気がする。いや、言い訳なのはわかってんだ。どのみち時間が経てば帰って来たことはバレるし、その辺で時間を潰そうにしたって、まだ歳が今年で19で成人してないウチは深夜徘徊してたら補導されるし、一人でホテルに泊まるのもムズイ。
何処までいっても20歳以下は色んなところで制限がかかる。法律的に葉18で成人っつったって。選挙権と車の免許証が取れるようになっただけで、世間様からしたら20になるまではガキ扱いだ。
だからどうやったって家に帰るしかない。『魔法少女協会』の本部に居残ってようもんなら番長に締め出されるか、雛森さんから親に連絡が行く。
ただでさえ気まずいのにそんなんになったらもっと気まずい、気がする。
これも何か適当な言い訳をどうにか見つけられねぇかっていう無駄な抵抗だっていうのもわかってる。
わかってるんだが、こうするくらいしか出来ない。今回、家に帰された理由も、その原因になったことも情けなさ過ぎる理由だからだ。
自信を無くして自分を見失った挙句に可愛がっていた妹の変化に何一つ気が付けなかった。その無様も無様。大無様の情けなさに最後の温情をかけられたわけだ。
情けねぇよな。千草がブチギレるのも当たり前だ。規範にうるせぇ性格ってのもあるが、何よりアイツは年長者。言うなら副リーダーが千草だ。
あくまで紫は司令塔、真白は象徴、朱莉はエースってところだな。他のメンツはリーダーをやるにはちと性格的にも気質的にもムズイだろ。
そう考えるとよくもまぁリーダー格ををやり続けたと思う。クセ強い連中しかいねぇし、年数経つごとにやること増えてくんだよな。
最近は書類仕事とかテレビとか出てんだぜ? 実際結構大変だったよ。
でもまぁ、忙しかったから何とかなってたってのはあるかもな。平和な中でやることが山ほどあったからまだ惰性って言い方はアレだけど、もうちょっとマトモだった。
ただ妖精界に来て、またデカい戦いが始まってからがダメだった。
前みたいに頭が回らないと言うか、勘も鈍い感じがずっとあった。ショルシエを倒すなんていう如何にも分かりやすい目標があるってのにウチのモチベーションは上がらなかった。
ウチが何をしてやれるのか、そのヴィジョンが全く浮かばなかった。ウチよりもずっと頼りになった仲間達を見てるとウチがやることなんててんで無いようにしか感じなかった。
せめて出来ることといえば後輩たちの面倒見くらいだった。元々性にあってたし、手の余っている部分でもあったから、自然と引き受けることになってたしな。
その結末があのザマだけどな。
サフィーがあんなことをするなんて、微塵も考えていなかったし、全く気が付いていなかった。
前のウチなら、多分気付いていたし、多分そうなる前に止められていた。何かしらの対策を打つことが出来ていたと思う。
出来ていたことが出来なくなったってのが、もう致命的だよな。
成長するなら良し、現状維持なら問題ない。だが、劣化は話にならない。そうなったらチームからすりゃ足手まといもいいところだ。
年の功で何かサポート出来れば良いが、それをやるのはむしろ番長とか雛森さんとか、東堂さんの仕事だろ。
ウチにそんな器用な真似は出来る気がしねぇし、そこまで年食って経験積んでる訳でもねぇしよ。
そうなったら、もう終わりだよ。魔法少女として、ウチは死んだんだ。
「なーにしてんの」
そこまで考えたところで、声がかけられた。聞き覚えどころか、当たり前に聞いてるお袋の声。何か月ぶりかに聞いたけど、うちの当たり前。
気が付いたら自分の部屋のベッドの上で丸くなっていたところにウチが帰って来ていることをに気が付いたお袋が様子を見に来たらしかった。
「別に、何もしてねぇよ」
「あのねぇ。……そんなボロボロ泣いてるのに何も無いわけないでしょ」
「……泣いて、ねぇよ」
「変に強がってないで、たまには甘えなさい。ほら」
グイっと腕を引かれて、お袋の腕に抱き締められる。たったそれだけで、ウチはバカみたいに声を上げて泣くしか出来なかった。




