これまでの事、今の事、これからの事
ボロボロと、また涙が溢れる。そうだ、なんでこんなに辛いって、皆が大好きで、それを騙してるのが辛いんだ。
それが理由でお別れしなくちゃって思ってるのが辛いんだ。
でも、そうしないといけないと思ってる。その心の矛盾がただひたすらにしんどくて、きっとそれを察してくれているから、ドアの向こうで二人も泣いてくれているのかも知れない。
「嘘が何ですか、騙している?そんなことは私は、私どもは何とも思ってはおりません。だって真白様はそれを悪いことだと思って下さっている。ダメだからとこうしてちゃんとウソをついてることがあると言って下さった。内容は言えずとも、そこを明かしてくれたのなら、私どもから問いただすことは何一つございません」
そんなこと良いんだろうか、虫が良すぎるのではないか。だって、話したくないことが話せないことがあまりにも多い。
いつかどこかで破綻するかも知れない爆弾だ。そんなもの抱えさせて良いのか。
「もし、何か不都合が起こった場合は光様と玄太郎様が何とかしてくれます。大丈夫です、そこはなんたって世界の諸星。国すら相手取って見せましょう」
「そうだな。何の問題もない」
「……問題ありまくりだよ」
それは明らかに不味いだろう。だから離れると言っているのに、この人たちはまるで聞きもしない。困った、とても困った。
「なにより、真白様には受け取ってもらわなくてはならないものが沢山あります。受け取るべき権利があるものが、山ほど。一人で頑張ることは無いのです。全部一人でなんて、無茶な話なのです。だから皆、手を取り、助け合うのです。それが友達です、それが仲間です、それが家族なのです」
「真白は、私達の事を、何だと思ってる?」
諸星家の皆の事を何だと思っているか、魔法少女の皆を何だと思っているのか、郡女のクラスメイト達をなんだと思っているのか。
「僕のことは、何だと思ってる?」
いつの間にか、私の目の前に座っていたパッシオにも問われる。
パッシオは相棒だ。私たちの望みと願いをかなえるためのかけがえのないパートナー。
郡女のクラスメイト達は友達だ。皆優しくて、気にかけてくれて、冗談をたくさん言い合う。昔はいなかった沢山の友達。
魔法少女達は仲間だ。魔法少女として、街を守り人を守る。私は彼女たちを守るために魔法少女になった。それに、委員長を助けるには彼女たちの協力は欠かせない。大事な友達で、大切な仲間だ。
諸星家の人達は、とっても温かい。たまに叱られるけど、それにはちゃんと理由があるし、優しさがある。私が安心していられる場所、帰りたい場所。大切な、大切な。
「家、族……っ」
嗚咽交じりに口にしたたった3文字の言葉は、酷いくらいに震えていた。
家族、家族なんだ。たった一か月そこらで、こんなにも気持ちが膨れ上がるなんて思わなかった。こんな大切なものになるなんて思いもしなかった。
離れたくない、離したくない、帰りたい。嘘偽りのない私の本音。受け止めてほしい私の知らなかった感情。
「じゃあ、帰るか」
「じゃあ、帰りましょうか」
そして、私は閉めていたドアのカギをガチャリと開けた。
「忘れ物は無いな?」
「うん、これで大丈夫」
千草に手を引かれながら、私はアパートの前に停めてあった諸星家が所有する高級車へと乗り込む。相変わらず広いしシートはフカフカだ。お金のかかり方が違う。さっきまで座っていた座椅子が木の板に感じるくらいには。
「お似合いですよ、その白のマフラー」
「前に友達に貰ったの。取りに戻りたかったから、ちょうど良かった」
「あとは小物類か。それだけで良いのか?」
「あとはほとんど何もないから。お金くらい」
贈り物の真っ白なマフラーに真っ赤な顔を半分隠して、受け答えをしている内に車が発進する。事実、あと持ってくるような物は無い。家具の類は諸星家の自室の方が充実しているし、衣類も同様。一応持って来たのは財布と通帳くらいなものだ。
身分証になりそうな物は、怖くて持ってこれなかった。鍵も掛けたし、空き巣に入られてもあの殺風景な部屋だ。盗るもの無しと判断されることだろう。
「お屋敷に帰ったらまずは墨亜様に会って差し上げてください。泣いておられましたから」
「うん、ちゃんと謝らないとね」
「ついでに拳骨の一つでも貰って来い。家出なんてしたからには私も想像できないレベルで説教されるんじゃないか?」
「どうでしょう?玄太郎様はともかく、光様からは雷が落ちるかも知れませんね」
……ちょっと帰りたくなくなって来た。田所さん、ちょっと遅めに走ってくれないかなぁ。
「きゅい」
引きつる私の表情を見て、パッシオが内心を察したのか「自業自得だよ」と言われているような気がしてならない。覚悟は、しておこう。
そうして、私は諸星の屋敷へと帰宅した。
「おっ、やっと静かになったか。このアパート、壁薄いんだからケンカは出来れば別なところでやってほしいよ」
真白達が去った後、真白の部屋の隣の住人が、床に寝そべりながらそう口にする。
ふぁぁとだらしなくあくびを一つしながら、そろそろ床にはいるのか、ぼりぼりと腹を掻きながら、ベッドに腰かけると彼は一つ思い出した。
「あれ?でも、隣の102号室って確か『空き部屋』だったよな?」
自分の記憶を辿りよせながらそう思い出すも、まぁ良いかと彼はベッドに身を投げ出して、グースカと寝息を立て始める。
人知れず、花弁が一枚散ったことに誰も気が付かないままに。




