地獄から帰って来た者
私の知っているエルフと、想像するエルフとの乖離に変な笑いが出てきそうだ。ただニヤニヤしてると流石に朱莉と要に睨まれるし、小雪からは小言を言われる。
針の筵にはなりたくないからな。大人しくしておこう。
「でも昴さん達が現れて、一緒に里の危機を救って、外の世界に飛び出す機会を得ました」
エルフ族の危機を救ったのも昴達だったようだ。それをきっかけにエルフ族の鎖国のような状態が終わったのだろう。
リリアナは先遣隊。あるいはエルフの特使みたいなものか。先に自分達より遥かに進んだ文明を見聞きし、国を治める立場との交流の樹立。その橋掛け役。一族の命運を賭けた大役だ。
「とても楽しい旅でした。エルフであるのに魔法も使えない私を足手まといとも言わず、様々なことを一緒に見聞きし、共に学べた旅路は非常に幸運なことだったと思います」
「良いな、そういうの。今度私達もやるか」
「茶化さないの」
結局、要に小突かれ黙るしかない。実際、旅には強く憧れる。人間界では徒歩での旅なんてほぼ不可能。それどころか街から街への移動ですら一般人には難しいのが現実だ。
それを出来るというのは正直に羨ましいし、憧れる。贅沢な時間だっただろう。何にも代えがたい生涯の思い出になる。
「本当に楽しかったですよ。だからこそ、今回の事件が本当にショックで……。今の妖精界がどれだけ薄氷の上に立たされた危機的な状況で、私達エルフはそれに関して本当に無知で知る努力もせず自分達のことしか考えていなかった」
エゴイズムと言いましたけど、これこそ本当のエゴイズムだと思います。とリリアナは漏らす。
確かにな。まさに人々が想像するエゴイズムとはかつてのエルフの里のような考え方を指すのだろう。
大差は無いのだがな。たまたまエゴの矛先がちょっとズレているだけでこうも印象が違うのもエゴと言うモノの難しさだろう。
どちらも正義とも悪とも表現できる。ただその立ち位置で見える世界が全く違うだけだ。
環境で正義は変わる。里だけが守るべき世界だったエルフの一族と妖精界、ひいては両方の世界を守るためにショルシエと戦い周囲を巻き込む私達。
伝え方一つで印象とは変わるものなのだ。
「自分達の器の小ささというのを改めて実感しました。本当の巨悪に目もくれず、小さな世界を守ろうと躍起になっていたのがバカバカしく思います」
「悪いことではないと思うけれどね。自分の生活を守る事だって立派なことだわ」
「ありがとうございます。でも、エルフは変わらなければなりません。私はそのために先じて里を出たのです。それは私の望みでもあり、我が儘でもありました」
一族の未来。その趨勢を決めるだろう自らの行動。それをたった一つの背中に負うというのはかなりのプレッシャーだと想像できる。
並みの人間なら胃に穴が空くな。そのくらいの重圧はある。
そういう意味では既にリリアナは覚悟が決まっているとも言える。一族の未来に自身の人生を賭けているのだから。
「その私が旅をする過程で世界を脅かす敵を知り、共に戦う仲間を得て、その敵と戦う皆さんの下で戦う術を学んでいます。私はこれを運命だと感じています。エルフの良き未来のためには妖精界の未来がより良いものでなくてはなりません」
「確かにな。エルフ族が門戸を開こうにも、他が滅んでちゃ意味が無い」
「それどころか、エルフ族ごと滅ぼされる可能性も十分あります。その未来を変えるための手段が目の前にある。その手助けをすることが出来るのなら、私の旅の意味とはそこにあるのでしょう」
「一族の為に身を投げうつ覚悟がある、と」
私の問いにリリアナはコクリと頷いて見せる。その目と言葉に嘘は見えない。一族の未来をより良くするためには、戦いに参加する必要がありそのためには力が足りないことを良く自覚している。
「私の目的を達成するためには戦う力が今は必要です。ですが、私はこの中で一番弱い。早急に力を付けるためには皆さんとのこの関係を最大限利用すべきです」
「……わざと自分を下げるような言い方はあんまり好かないんだけどね」
「すみません。ですが、そういうことを考えている自分は確実にいます。私にとっても皆さんに対してもそこに嘘をつくのは誠実では無いと思ったので……」
バカ正直な性格、という訳だ。こっちも嫌いじゃない。それは朱莉も同じだろう。
半端な言葉が返って来たら突っぱねるつもりでいた朱莉の顔は渋い顔をしている。文句の一つでも言ってやろうとでも思っていたのだろうな。
だが予想は外れて全員、面倒を見るには十分な覚悟がありそうだ。
話を聞いたからには一人くらいは請け負ってもらうぞ。




