地獄から帰って来た者
結界のど真ん中でガッツポーズを決めながら新しい姿に変身したグレースアに私はため息を吐く。
本当に元気な奴だよ。氷属性のクセに太陽みたいに明るいのはなんなんだかな。
こうして元気に飛び出て来たんだから、試練は完全にクリアだろう。時間がかかっていたのも何か理由があってのことだろうが、一言だけ言わせてくれ。
「遅い」
解除された結界の中に入って、グレースアの額を小突く。
このくらいの文句は許されるハズだ。全く、ギリギリまで引っ張るヤツがいるか。
「いやー、ごめんごめん。色々事情があってさー」
「そんなことだろうとは思っていた。とりあえず、無事で何よりだ」
「千草もね~」
軽いなぁ。こっちがどれだけ心配したと思っているんだか。そのくらい、命の危険の無い試練だったのは予想が付くが、それでも時間切れだけは勘弁してほしいぞ。
あそこまで緊張と焦りが心身を襲ったのは初めてかも知れん。あまり味わいたくない感覚だ。次があっては欲しくないが、似たような状況になっても時間ギリギリまで引っ張るのは止めてくれ。
「無事に突破出来たようですね」
「あ、閻魔大王様。お疲れ様です」
「ホントに大変だったのよ。氷漬けになるかと思ったわ」
「そうなの? とりあえず八千代さんもお疲れ様でした」
後ろにやって来ていた閻魔大王と八千代さんにグレースアは頭を下げ、感謝を伝える。2人の尽力が無ければ、今頃ここら一帯は氷漬けだろうしな。
あれがグレースアが持つ力の強さの象徴でもあるが、無作為に放たれるのは末恐ろしい。
それを抑え込んでくれていた八千代さんと閻魔大王の力の強さもここで推察することが出来る。
閻魔大王は神だから人なんてものとは比べるのがバカらしいのはそれはそうだが、八千代さんも相当な実力者なのが分かる。
「2人揃って無事に試練を突破、おめでとうございます。ここまでされては私としても認めざるを得ませんね」
「こう言ってるけど、クリアさせる気満々だったからね」
拍手で私達を祝ってくれている閻魔大王に、八千代さんは最初からそのつもりだったと告げ口をしている。
まぁ、だろうな。立場上、ルールを破る訳にはいかないのが神なのだからどうやって穴を潜らせるかはルールの中でだ。
意地の悪い神ではない。むしろかなり人に寄り添ってくれる珍しいタイプの神なんじゃないかと思う。
きっとだが、神と言う存在はこちらに対してそんなに興味がないような気もするのだ。私達が地面を這う虫の種類も名前も知らないのと同じだ。
「神によってさまざまですよ。中には人間が好きすぎて、人間の生活を真似たり、人間の創った文化を応援する神もいます」
「……芸能とかの神だというのは何となくわかるな」
「その通りです」
しかし、案外そうでもないらしい。意外だな、神というのはもっとこう、得体の知れないものだと思っていたが案外俗っぽいのか。
そんなことを考えているとバチが当たりそうな気もするがな。
「それにしても、前代未聞ですよ。調伏でもなく、力を掌握して明け渡させるのでもなく、まさか融和するとは」
「ん? なんのこと?」
「また何かやったのか?」
神についてアレコレ考えていると閻魔大王がグレースアを見ながら苦笑いというか、困ったような笑いを向けている。
何やら前代未聞のことをしでかしたらしいがこりゃ本人は完全に無自覚だ。
何をしでかしたんだか。閻魔大王の様子を見るにとんでもないこと、というよりは予想もしてなかった方法で試練をクリアしたのだろうな。
「転生前の人格と仲良しになったからって、身体を融通し合えるようになるなんて前代未聞ですよ。しれっと私達が作った法則を無視と言うか、穴を突かれたと言いますが。完全に予想外ですよ」
「ふーん? 別に難しいことないと思うけどなぁ」
「転生前とは言え、やろうと思えば身体を完全に明け渡せる間柄なんてハッキリ言って頭おかしいですからね」
あぁ、それは頭がおかしいかもしれない。ようはグレースアは自分の転生前の存在の雪女と意気投合して、一つの身体にふたつの意思を同居させてるのか。
私は一つの身体に一つの魂、そして一つの意思じゃないと色々不都合が起こるからダメだと言われたのがついこの前の出来事だっていうのに、グレースアはそれを早速飛び越えて来たわけだ。
そりゃあイカれてるとも言われるだろう。そう簡単に神の想定を飛び越える奴がいるか。




