地獄から帰って来た者
「うううううぅ……」
泣きじゃくる雪女さんに私はなんて声をかけて良いか迷ってしまう。大丈夫だよ、ずっと一緒だよとか言葉は浮かぶけど、どれも違う気がした。
彼女の悲しみを掬いあげてあげられるような言葉を私は思い浮かべて、実行することは出来なさそうで、ただ傍で立っていることくらいしか出来なかった。
「なんで怒らないのよ。どうして優しくしてくれるのよ」
「しないよ」
いっそ、殴ってくれた方がスッキリ諦めがつく。彼女からすればそういう気持ちなんだと思う。
でもそんなことは出来ないよ。だって雪女さんは試練を失敗させようだなんて思ってない。最初から時間をかけさせるつもりだっただけだ。
出来るだけ、私とお喋りを楽しむ時間を長く作りたかった。それだけだ。それ以上のことを彼女はしようとしていない。
その証拠に彼女は徐々にだけど私が試練をクリア出来るように試練の邪魔を緩めていっていた。だから私が操作できる範囲が増えていってたんだよね。
最初は確かに雪女の力だけを使うことが難しかったけど途中から十分に操れるようになってた。
たぶんそのくらいの段階で試練のクリア基準自体は満たしてたんだろうね。
別に私はそれを悪いことだと思わない。だってさ、放課後友達と遊んでたくて、理由を付けて学校に残るようなことなんてさ、誰でもして来た事じゃない?
それと変わらないよ。何にも変わらない。あの時間ってすっごく楽しいよね。いつまでも続くんじゃないかってくらい楽しい時間だ。
「なんでよ!!」
「私だって同じだからに決まってるじゃん」
私だって、続けられるならこんな楽しい時間が続いた方が良いよ。その方が良いに決まってるんだよ。
大事な友達と一緒にいられる時間なんて長い方が良いに決まってるんだよ。
「一緒にいられるなら、その方が良いに決まってる。でもさ、私達はそうじゃないじゃん」
「ううっ……」
「でもさ、だからってひとりぼっちでもないよね。私は貴女だし、貴女は私だもん」
普通に一緒にはいられない。だって私達は元々一つだから。隣り合って歩くことは出来ないけど、それがひとりぼっちだってことではないと思う。
雪女さんは私でもある。私は雪女さんでもある。どっちが欠けてもいけない。だったら、私達はひとりぼっちじゃない。
それにだ。それで考えれば私の友達は雪女さんの友達だ。私を介して外の世界のことをしってたみたいだしさ。
「一緒に戦ってよ。一緒に楽しいことをいっぱいしよう。嬉しいことも楽しいことも辛いこともさ、私達なら一緒に乗り越えられるよね」
「ぐすっ。ホント、憎たらしいくらい前向きよね貴女って。めそめそしてるこっちがバカらしくなってくるじゃない」
「それが私達、でしょ? それに二人で一人が更に増えるなんて、心強いじゃん」
「千草ともそうだもんね。そうよね、私達はいつだって二人で一人。それがちょっと変わるだけよね」
雪女さんの腕を掴んで引き上げると、泣いていた彼女の顔はなんだか晴れやかになっている。
良かった、踏ん切りついたみたい。ま、私でもあるし当たり前かもね。
細かいこと気にするより楽しまなきゃ。そうしてれば辛いことなんてあっという間に乗り越えられる。
「って、これだと三人で一人なのかな?」
「貴方と私は文字通り同一人物なわけだし、あまり気にしなくて良いんじゃない? それよりも赤の他人の千草と完璧に同調出来る方が頭おかしいわよ。アレどうやってるの?」
「えぇ、別に特別なことなんてやってないけどなぁ」
「……そういうところが非凡よね。身を委ねることを何とも思わない肝の太さは誰に似たのかしら」
そりゃ自分だもん、私達揃いの共通項ってやつじゃないの?知らないけどさ。自分だって、私に全部受け渡すつもりじゃん?それと一緒だよね。
やっぱり、私達は同じだ。だったら、これは別れじゃない。これから一緒にいることを再確認するだけだ。
「じゃ、改めてこれからよろしく、小雪」
「……?」
「名前、名前。無いと不便じゃん。私が付けてあげる」
名前って大事だって言うしね。自己を確立する精神的な意味でも、魔法的な意味でも色んな意味があるから、大事なモノとかには名前を付けるのは良いことらしい。
手を差し出しながらそういうと小雪は肩を竦めながら私の手を取ってくれる。
「とってつけたような名前ね」
「でもよく似合うよ」
声を出しながら笑い合う私達の頭上はいつの間にか綺麗な青空が広がっていた。




