地獄から帰って来た者
「じゃあ、実は私とこうやってお喋り出来るのって結構嬉しかったりするんだ?」
冗談めかしてそう言うと、雪女さんは少し驚いたような表情をしたあとに優しい笑顔を見せてくれた。
でも、その笑顔にはやっぱり影がある。どこか辛そうな表情をずっとしてるんだよね。
「気が付いちゃったか。そ、今、私とっても楽しいの。こんなに誰かと話したの、初めてだから」
「楽しいなら良かった。一緒にいるって楽しいもんね」
「そうね。とっても楽しいわ。ホント、とっても楽しい……」
「……」
顔を埋めながら言っても、嬉しそうには見えないよ。何か、哀しいことが雪女さんにあることだけはわかるけど、それを私に解決出来なさそうだなと思う。
何となく、理由はわかってる。わかって来たよ。こうやってたくさんお話をしているうちに、さ。
「楽しいのは、ホントなの。もの凄く楽しいの」
「うん、私も楽しい。ホントだよ」
「でも、これはずっと続いてくれない。ほんの少しだけの幻でしかないわ」
目から零れる涙でさえ、氷の粒になってぽろぽろと零れていく。まるで宝石が目から落ちて来ているみたいだ。
雪女さんはそれを指で弾きながら、泣き崩れるようにその場にうずくまる。
これは私の予想なんだけど、きっと試練はとっくの昔にクリア出来てるくらいに私は雪女の力を使えるようになってたんじゃないかな。
出来なかったのは雪女さんがそうならないように邪魔してたか何かをしてたんだと思う。
「泣かないでよ。悪いことなんてしてないじゃん」
「ぐすっ……。したわよ。貴女にはとにかく時間が欲しいわ。私なんかにかまけている時間なんて無いくらいに。そのくらい、貴女には時間が欲しい。それを私は無駄にしたの」
確かにね。一分一秒でもあった方が良いよね。その時間を修行に使えるならそれだけでショルシエ達を倒せる確率が上がって行くだろうし、そういう意味では無駄に時間を消費させられたとも言えるかも。
でも、私は無駄だなんて思わない。
「友達とお喋りする時間だって、大事だよ」
雪女は人肌を求める淫魔系の妖怪。寒く、太陽も届かないような極寒の雪山の中で人の温もりを求めて回る存在。
私のルーツの雪女さんもそれは変わらない。人の温もりを求めて雪山を徘徊する、典型的な雪女だった。
そんなところにさ、自由にお喋り出来る人が来たらそりゃあ離したくないよね。
雪女は執着心が強い。お気に入りの存在を氷漬けにして保存しちゃうような側面も持っているわけで。
「でも、私は。私のワガママで貴女の邪魔をしてる!!」
「そんなことないよ」
「私は!! わざと貴女をここに閉じ込めてる!!」
やっぱり私がここを出られない理由は彼女だ。彼女が私とずっとここにいたいから私の試練が終わらないように邪魔をし続けている。
それに別に怒りとかそういう感情は湧いて来ない。来るわけないよ。
「貴女には大事な仲間がたくさんいるのに……!! 私はそれが羨ましくて、悔しくて!!」
ひとりぼっちは凄く寂しくて怖い。私はそれをよく知っている。
知ってるから、彼女を責めるつもりなんてちっとも湧かない。
でも彼女は私のそんなところも知ってるからこそ、辛いんだろうなとも思う。
ひとりよがりの感情で苦しむ自分と、それを経験したことがあるのに受け入れられる私との埋められない溝みたいなモノ。
生まれた時から雪女の彼女と人間から雪女になっていってる私との差、でもあるのかな。
何より、彼女は既に過去の存在で、私は今を生きる存在。本来なら、決して顔を合わせてお喋りをすることなんてない。
「なんで、なんで……」
「うん」
「なんで、貴女と一緒の時代に産まれられなかったの……。一緒にいて、こんなに楽しい人が、どうして私の生まれ変わりなのよ……」
ましてや生まれ変わりの存在。片方が消えたら両方消える。私達は文字通りの一心同体。
執着心の強い雪女の彼女にとって、最も居心地の良い人が生まれ変わった自分だなんて、皮肉というか残酷な現実だ。




