地獄から帰って来た者
「『敵』そのものの耐久力というのは大概はごく普通の生き物程度だが、この次元障壁がある限り、半端な攻撃は意味が無いというのはわかったな?」
「正攻法では勝ち目は薄い、という事ですね」
次元障壁。これの存在がショルシエを含めた『敵』の生存能力を飛躍的にあげているのは疑いようのない事実だろう。
自分を殺せるような火力の魔法や兵器が自分を狙っているのを分かってさえいれば、次元障壁で攻撃が通らないように逃げてしまえば良い。
おそらくはその手段を使うのに特別な手順なんかは必要ない。それが標準装備として当たり前に搭載されているんだろう。
造られた存在だからこそ出来ることだ。生み出されたその時点で使える機能が複雑な手順でしか使えないのは意味が無い。
「厄介ですね。そんな『敵』が何体も来たらほとんど勝ち目がないのでは?」
「世界もバカじゃないんだよ。外からやって来た異分子を検知したら次からはシャットアウトするの。免疫機能みたいなもんだね」
「ただ、最初に入った異分子を除去するのはその世界の住人の役割だ。免疫で例えると白血球は俺達がやらなきゃいけない。神は原則として現世に直接関与出来ないのは何度も聞いただろ?」
だったら最初から他の世界からの異分子を全てシャットアウトしてしまえば良いのに、と思うがそうもいかないのだから、そうしているのだろうな。
密閉された箱の中で生命が反映するのか、という話だろう。最初は良いかも知れないが、緩やかな衰退と絶滅がそこには待っている。
外的刺激や外から来た良い何かを受け入れるのも重要なのかも知れない。
地球だって、生き物を構成する分子を運んで来たのは隕石だという説があるらしいじゃないか。それと似たようなものだろう。
「そして重要な二つ目の方法が、同質の力を使うことだ」
「同質の力……。天狗も言っていました。本能に逆らわず、受け入れろと。それが『獣の王』を倒すために必要になる、そういう感じでした」
『獣の王』を倒すには技術を極めるか、『獣の力』を使うかだと言われたハズ。郁斗さんの話も同じことのようだ。
端的にしか話を出来なかった天狗に対して、郁斗さんの話はより論理的なものだ。
実技と筆記、といったところか。どちらも頭に叩き込んだ方が良いのだけは間違いないな。
「『敵』によって力の内容は違う」
「例えば私達の『敵』は圧倒的な剣術。遠距離攻撃は次元障壁で無効化されて、近距離戦は圧倒される、純粋な戦う力を要求されたわ」
剣術、ということは主に対応したのは悠さんか。悠さんほどの剣士が圧倒される相手がいるとは考えたくもない。
私程度が相手をしようものなら、最初の一太刀でバターのように斬られてお終いだろうな。
「私達の『敵』の力は、本能。『獣の力』ですね」
「そうだ。流石に次元障壁はどうにもならんが、同じ土俵で対等以上に戦えればそれだけで有利だ。幸い、『獣の王』は戦士じゃない。同じ土俵に引きずり込めないのなら、こちらから相手の土俵を荒らしてやればいい」
「余裕を奪えば、次元障壁の使い方も荒くなる。絶対的な力に見える次元障壁も隙が無いわけじゃないし、連発すれば消耗だってする。長い時間は使えないって欠点もあるしね」
「お前たちの土俵である高度な魔法と科学技術の合わせ技。そこに『獣の力』を混ぜ込んだお前の攻撃は次元障壁以外の防御手段の効果を下げる。たまらず次元障壁に逃げ込むところに手痛い一撃を叩き込む」
これがお前達が執るべき最良の戦術だ。と郁斗さんは教えてくれた。
相反する力との戦いの最中に、自分と同じ力を使われたら確かに不意打ちとしては大きな効果が見込めそうだ。
魔力の防御も獣の力を用いた防御も今の私達ならどうにかなる。次元障壁だけが厄介な懸念点であるが、私達は数という利点もある。
勝ち筋が、見えて来た。
「更に、次元障壁にも対策が無いわけじゃない」
「え?」
「超特殊な方法だ。辿り着けるのはごく一部の連中だけ。実際、俺には無理な方法だった」
不可能だとしか思えない、次元障壁の攻略方法まであるのだとしたら、それは習得したい。だが、それがルーツの力以上に難しいものであることを郁斗さん達の様子からすぐに察することが出来る。
「お前達の中でも習得できるのは1人いれば超ラッキー。だから、期待はするな」
「私達のお師匠様たちが使ってた技なんだ。名前は……、『牙』」
さしずめ、敵の喉笛を確実に食いちぎる必殺の牙。シンプルなその名前の重さがここまで重いことがあるのか。
「千草、貴女には私の『牙』を見て、自分の『牙』を磨いてもらうよ」
その『牙』の使い手が発する圧力は恐ろしい以外にない。悠さんから向けられた重圧に既に膝が震える私にそれが出来るのかは不安を覚えるほどだった。




