地獄から帰って来た者
「さっきまでの説明の通り、『獣の王』は別の世界にいる『敵』から送り込まれ、こちらの世界で成長した外来のバケモノだ」
「分かりやすく言うと、外来種かな」
外来種。例えばアメリカザリガニのような原産が北米なのにも関わらず日本に定着してしまった本来ならそこに生息していないハズの生き物だったな。
昔は大変な環境問題だったらしいが、今の人間界では魔獣の出現によって対策がうやむやになってしまっているなんて話をいつだかのニュースでやっていたのを思い出す。
『獣の王』、ショルシエはその世界規模版というわけだ。
「この世界を壊すことに特化、あるいはその世界に強い恨みとか色々な方法を使って『敵』は世界そのものを破壊することを目的にしている」
「以前から疑問には思っていました。ショルシエの目的、その先に何を望んでいるのかがわからないと。ですが、それ自体が違うという事ですか」
「あぁ、奴は世界を破壊することが目的に作られたのであって、その先に何も望んじゃない。そんなものはないのさ。創造主の望んだ通りの最悪の結末の実現。それだけが目的であり、『獣の王』。お前らの言うショルシエとやらに願いなんてものは無い」
「ただ、プログラムされた行動を実行する怪物。それが『獣の王』の正体よ」
息を呑む。そんな事実があっていいのかとすら思う。それは命や生命への冒涜だ。真白が聞いたのなら怒り狂うだろう。
世界を壊すとかいうふざけた目的のために、造り上げた命にその世界の住人達を蹂躙する。そこに意思や感情は恐らく介在しない。
私達が感情だと勘違いしているだけなのだろう。ただ、破壊をする。それだけを求められ、そうあるように作られた。
生きた殺戮マシーン。それが、ショルシエの正体だというのだから。
「……同情するなよ。ソイツにそれを理解できる感情や思考回路はハナから存在しない。それっぽく見えるのは全て見せかけの、現地に存在する高度な知的生命体を騙すためのカモフラージュだ」
「わかっています。わかっていますが、少しクるものがありますね」
「だろうな。俺達の方でもかなりいやらしい手口で来たよ。……正直、倒すのを躊躇うくらいにはな」
「……そう、だね」
郁斗さんと悠さんのいる時間軸ではまた別の手段で『敵』からの侵攻があったようだ。特に悠さんの沈痛な面持ちは相当に何か耐え難い出来事があったことを予想させる。
私もこんな事実を聞かされて、足元が大きくぐらつく気分だ。自分達の宿敵が、ただの作られたバケモノであって、そこに何かしらの目的や使命感、感情の一つも介在していない。
ただの傀儡と私達は戦わされていたのだ。
他の、この戦いに大きく関わっていない第三者からすれば、そんなことでどうして私達の感情が揺さぶられるのかを想像するのは難しいかも知れないが。
例えるなら苦労に苦労を重ねた先で手に入れた財宝の入った宝箱。人生をかけて目指した目標そのものが、実は中身が空っぽの伽藍洞だと知った時の虚しさに似ているのかも知れない。
「だが、凹んでいても仕方がない。敵に本人なりの使命やバックボーンが存在しない虚無の怪物であったとしても、奴らは世界を破壊するというプログラムを忠実に実行する。止める以外に方法は無い」
「ハイ」
「そのための方法の一つを君たちに託すよ」
だが、その虚無感に浸っている暇は郁斗さんの言う通り全く無い。事態は刻一刻とひっ迫した状況へと進んでいる。
世界の破壊、それに突き進もうとする魔の手はまさに目の前に伸びようとして来ているのだから。
「お前のルーツ、『鞍馬の大天狗』にも言われただろうが、大よそ方法は二つある」
2本の指を立て、いよいよ語られる。ショルシエを倒すための方法を私は固唾を飲んで聞き入った。




