地獄から帰って来た者
「これは……」
自分のルーツだという『鞍馬の大天狗』との戦いを制し、閻魔大王の試練を突破した私は今からでも訓練を始めようと浮足立つ悠さんを何とか宥め、要の試練の様子を見に来たのだが。
「またすげぇ状態になってんな」
「雪女の力の暴走がここまで強烈とはね。5重の結界があるのに冷気が漏れ出てるよ」
そこには何重にも重ね張りされた結界とその中で長い髪と振り乱し、いつもの格好とは違う真っ白な着物を着て暴れている要の姿がそこにはあった。
結界の中はまるで極寒の雪山だ。猛吹雪のせいでまともに中を覗くことも難しいが確かに要だ。
本当に雪女になってしまったかのようだ。八千代さんがその相手をして、結界内に抑え込んでいる。そんなところだろうか。
「これは大丈夫なのか?」
「大丈夫じゃないから抑え込んでんのさ」
そりゃあそうだが、改めて言われると理不尽を感じる。だがそれを選んだのは私達である以上、文句を言う立場も無いわけだが。
「中々苦戦しているようです。このぶんだと時間一杯までかかるか、或いは……」
私のところにいた閻魔大王が消え、結界の前で腰かけていた閻魔大王が喋り出す。神というのはそういうものらしいから詳しいことは考えないことにする。
神社の分霊みたいなものだろう。普通の生き物には理解できない領域だと割り切っていた方が良いやつだ。
「危険なのか」
「本人次第です。彼女が危険な目に遭っているわけではありませんからその点はあんしんしてください」
「君の試練が時間無制限の殺し合いなら、彼女の試練は時間制限がある精神修行ってところかな。引き出す力の本質を理解して、支配下に置かないと、意識を失っている間に身体がどんどんと浸食を受けて身体を失うことになる」
「いや危険だろそれ」
場合によっては私のより危険じゃないのかそれは。直接命の取り合いをしていたのも危険だろうが、時間制限があるのが厄介だ。
制限時間内にルーツの力を掌握できなければ、要の肉体は雪女に飲み込まれて自我を失うとかそんなんだろう。
難易度はそっちの方が高い気がする。少なくとも私には自信がない。
「私も鬼ではありません。突破できない試練を与えたりはしませんよ」
「いや鬼だろ」
「そういう揚げ足取りをするのなら手伝ってもらいますよ間殿?」
茶化す郁斗さんにじろりと閻魔大王が睨みを利かせると当人は手をひらひらとさせてそれ以上は何も言わない。
そんなことをするのならやらなければいいのに。全く、調子のいい人だ。
それにしても苛烈だ。中はまさに極寒。雪女の独壇場というべき専用フィールドの中で雪女としての本能が剥き出しの状態の要と戦うのは私でも遠慮したい。
……成程、こっちも本能を知る試練というわけだ。雪女とは元来どういう存在で、どういう生き方をして来た生き物でどんな習性や生涯をおくって行くものなのか。
それを短い時間に体験しなきゃいけないんだ。
私は私自身の本能を、獣としての一面を見つめる試練。要はそこからより深いところなんだろう。
恐らく、私よりもルーツの力に触れて来た要では自身の本能よりも雪女そのものの理解を深めた方が良いのかも知れん。
「制限時間というのは、どのくらいあるんだ?」
「72時間だから、3日だね。長いようで短いよ。特に要ちゃんは難しいかもね」
「そうなのか?」
「雪女って種族がね。人型だけど、その本質は自然現象そのものだから生き物として理解しようとすると難しいんだ。私達3人は全員生き物だから、その辺は少し楽が出来るんだよ」
なる、ほど? 雪女という種族そのものがまた厄介さに拍車をかけているのか。難しい話だ。生き物のようで生き物ではないのか。
確かに雪女という妖怪のイメージは半ば幽霊めいた印象もある。生き物が抽象的な存在を正しく認識しようとするのが難しいことだけはよく分かった。




