地獄から帰って来た者
ぶつくさ文句を垂れながら、身体は動く。考えてなんて動いていない。ただただ目の前にあることの最適解を出し続けなければ普通に死ぬ。
丁寧に戦うだとか、カッコつけるとかはもう頭の中から抜け落ち始めていた。
どんな手段を使っても、泥臭く勝つ。いつの間にか忘れていた執念のようなものが掘り起こされて、ただ貪欲に勝つための方法を選び続ける。
その感覚は、まるで錆びついた刃が再び研ぎ直され、鋭さを取り戻しているような。そんな感覚にも近かった。
「お前たちは『獣の王』と戦っているんだったな」
「そうだが、またお喋りか?」
「そう急くな。多少の身体を休めることくらいで何かが変わることは無い」
だいぶ良い感覚を掴めてきていると思っていたところに水を差された気分だったから、その不満を直接ぶつけると休憩も兼ねたものらしかった。
確かに気が付けば肩で息をしている始末。集中するのは悪くは無いが、し過ぎも良くないってことか。それとも私の考え過ぎか。
この天狗ジジイはずっと私がギリギリで反応出来るか出来ないかの太刀筋とスピードで戦って来ている。私がどれだけギアを上げ、ジジイの技術を吸収し成長して見せても必ず私の少しだけ上を行く。
まるで終わりの無い階段を延々と昇らされている気分だが、そんなことを考え始めるとキリがなかったから早々に切り捨てたから、集中力が持っているようなものだ。
気にしてたらとっくの昔に首と胴体がサヨナラをしていたに違いない。
「趣味の悪い」
「お主のような有望な若者を見るとつい、な。まだまだジジイの遊びに付き合ってもらうぞ」
このジジイは簡単に言えば、私に自分の技術をひけらかしているわけだ。確かにそれは私の修行にもなるし、実際に私の技術は飛躍的に向上したと実感できるくらいには無駄と発見があった。
真意はわからん。天狗のクセにまるで古狸のような食えなささだ。腹の内が読めない年上というの昔からどうにも苦手だ。
お母さまもそのクチの人間だから、困ったものだよ。親子としては接することになんの不安も不満も無いが、一人の人間として相対した時の得体の知れなさと来たらな。
宇宙人を相手にしているような気分になるんだよ。育ててくれた親に言う言葉じゃないのは承知だが、そういう人だ。
目の前の天狗もそういうタイプだ。口ではああだが、腹の内が読めない不気味さは常にある。
私を鍛えたいのか、自分をひけらかして自慢したいのか、それともただ遊びなのか。はたまた何か別の思惑があるのか。
分からんが、勝つ以外の選択肢が無い私は自分より強い天狗ジジイから選択権を奪えない限りこれがずっと続くし、ある程度話を聞かざるを得ないというのが現実だった。
このジジイの言うことは分かりにくいが、よく考えると合理的だったり、戦いのヒントだったりするからさらに腹立たしい。
「『獣の王』に勝つ気か?」
「……勝たなきゃどうにもならん。勝敗云々じゃない、勝たなきゃ未来が無いんだ。それはアンタもしってるんじゃないのか」
天狗のジジイは太古の昔を生きていた人物でもある。言い草からして、実際に太古の妖精界で『獣の王』と戦ったのだろう。
ようは私達の先駆者だ。そういう意味でもこのジジイとの戦いは悔しいことに有意義だった。
「それもそうだ。だがまぁ、普通にやっても勝てんぞ」
「わかってる。だから普通じゃないやり方を選んでるんだ」
「がははは、そうじゃった。ルーツの力に手を出すなんて莫迦しかせんわな!!」
バカとはなんだと言いそうになるが、ぐっとこらえる。反応したら絶対に茶化して来るのは短い時間で理解している。ここは無視が基本だ。
「儂から教えられることは大したことではないが、よぉく聞いておけ。一度しか言わん」
「ん?」
「『獣性』とは何も『獣の王』とその眷属だけが持つ力ではない。生きとし生けるもの、誰もが持っているものじゃ」
何の話だと、思考を始めるとそれを隙と言うように天狗ジジイが飛び込んで来る。迎え撃ちながら考えようとするが、すぐにそんな余裕は無いと判断してジジイとの戦いに集中していく。




