地獄から帰って来た者
そこは雪山だった。びゅうびゅうと吹き荒れている吹雪の中にいるけど、別に寒くはない。というか雪女としての力を手に入れた頃から寒いとか冷たいという感覚には出会っていない。
だって私の方が寒いし冷たいからね。液体窒素に腕突っ込んでも平気だよ。いよいよバケモノじみて来るから誰かに見せたりはしてないけど。
「いらっしゃい。よく来たわね」
「え、あ、どうも」
遠くにうっすらと見える山の形以外は真っ白で何も見えない中で声をかけられてとりあえず返事をする。何処にいるのかはさっぱりわからない。どこから聞こえるのかも風のせいでよくわからない。
右から聞こえている気もするし、上からな気もする。とにかく、声だけはした。声だけの印象で言えば、艶感のある大人のお姉さんみたいな声だった。
「色々お話をしたいのは山々なのだけれどね。残念ながら、私達にはあまり猶予が残されていないわ」
「猶予?」
「ええ、このままでいたら雪女の力に貴女は飲み込まれる。この周囲の吹雪は制御できていない雪女の力そのものと思っていいわ。これが吹き荒れ続ける限り、貴女の身体は雪女の力に浸食されて、やがて魂ごと塗り替えられてしまう」
ふむふむ、そうなる前に閻魔大王様は魂そのものを洗浄してしまうって言ってたっけかな。だから私には今、本当の意味でバケモノになるか、バケモノになる前に全部リセットされて私そのものがいなくなるかしか無いわけだ。
どっちもイコールで私という存在の死だ。消え方の違いしかないのはもうなんか逆に笑えて来る。
「結構、ヤバい状態で笑っちゃうなぁ」
「ホントよね。3年前の戦いで終わってくれればこんなことをしなくて良かったのに、人生と言うのはままならないものよね」
2人で呑気にふふふと笑う。口調こそ違うけど、なんだか似た者同士の雰囲気を感じる。この呑気なところと言うか、出たとこ勝負というか。やってれば何とかなるだろうっていう楽観的な感じとかね。
「あなたが私の中の雪女でいいんだよね?」
「えぇ、その通りよ。幾つかの輪廻転生を経た私。まさかこうして、話をすることが出来るなんて思ってもみなかったからとっても嬉しいわ」
一応の相互確認。私と、私の中の魂のルーツである雪女さん。確認作業は大事だからね、これで間違っていたら恥ずかしいしさ。
聞いていた通り、とても友好的な雰囲気だ。このままお茶でもしてたらお友達にでもなれそう。まあ、結局自分と同じ存在なんだから友達も何も無いんだけどさ。
「力、貸してくれてありがとね!!」
「良いのよ。私が私に力を貸すのは当然でしょ? 私もずっとひとりぼっちだった自分が沢山の友達と一緒にいられてとっても嬉しかったの」
それでもお礼はする。私の為に何度も何度も力を貸してくれた、大事な仲間だと思うから。そんな彼女も私を通じてたくさんの人と関われたのは凄く嬉しいことだったらしい。
そっか、雪女だもんね。誰かに愛して欲しくて、それでも亡くなっちゃった人がそうなっちゃうんだっけか。
だったらよかった。無理矢理とかじゃなくて、喜んで貸してくれていたと分かっただけで私達には十分だと思う。
「何をすればいいの?」
「この吹雪を止めて。やってもらうのはそれだけ。でも、難しいわよ?」
「見ればわかるよ。これ、全部操れってことだもんね」
さてさて、時間が無いらしいしお話は切り上げて、何をすれば良いのかを聞いてみる。
答え自体は簡単で、この猛吹雪を止めれば良いらしい。さっきも言ってたけど、この猛吹雪そのものが私達が持つ雪女の力そのもの。
これを完全にコントロールすることは雪女の力そのものを完全にコントロールすることに繋がるってわけだ。
でも、言うほど簡単じゃないよね。だってそれは天気を操れってことだ。5mくらいの範囲じゃない。一体、何十キロ四方の範囲の雪を操れば良いのか把握するのも大変だ。
それを完全に制御するなんて、正直馬鹿げた話だと思う。真白ちゃんじゃないんだからさ。




