地獄から帰って来た者
待っているように言われると、八千代さんが部屋の一画に多分儀式的なもの。祭壇的な?魔法陣を描いて、なんか四方に青白い炎が揺れる燭台を置いて、中央に私が座るだろう椅子が置かれている。
何故か、燭台から鎖が伸びていること以外は、なんというかアニメでよく見るような儀式の祭壇、って感じだった。
「生贄にでもされるの?」
「広義の意味ではもしかするとそう捉えられるかもしれませんね」
「え」
「術の種類だけで言えば、降霊術に近いものです。違うのは外から魂を呼んで自分の身体に宿す降霊術とは違い、それを自らの魂に向けている事ですね。受け取りようによっては神を降ろすための生贄用の器みたいなものですから」
よくわからんが如何にも危なさそうな手法だよね。いやまぁ安全だなんて最初から思ってないけど、こうしてお出しされると流石に少しビビる。
鎖ってことは拘束しないといけないってことだ。つまり、ねぇ?
「一応、嫁入り前とは言っておきます」
「善処はしますが、戦士である以上はその理屈は通用しないかと」
ですよねー。自分から戦う道を選んでおいて、いざとなったら女を出すのはズルいってもの。
戦うと決めたのなら、血みどろになってでも勝ちを拾いに行く。それが私達に求められていること。千草がまさにそういうタイプだしね。
退きはしないよ。ただ初めての体験に緊張はするよね。今までの修業とはまるで違うタイプだもん。誰だって最初は緊張するもんなんですよ。
「準備出来ました。いつでもどうぞ」
「要さん。中央へ」
八千代さんの準備も完了。儀式用に作られた簡易の祭壇はその見た目もあって結構ダークな印象。まるで悪の組織が悪魔でも召喚しようとでもしているみたいにも見える。
足元の魔法陣も青白い炎で火の粉が出てるしさ。
魔法陣の中に入ると青白い炎は熱くない。むしろ冷たい。それを知って、これが何なのかを何となく予想がついた。
これは死後の世界の炎だ。地獄の業火とかじゃなくて、魂を焼くための炎。だから生身の肉体には冷たく感じる。
魂にしか作用しないからね。幽霊には特攻じゃないかな。
「貴女が既定の72時間後までに戻らなかった場合、魂を焼却。無垢の状態に戻し、輪廻転生へと回します。お覚悟はよろしいですな?」
「もちろん。それに、やらないとどっちにしろでしょ?」
ここで逃げてもいずれは魂がおかしくなって私はどうにかなっちゃう。そうなる前にどのみち必要なことなんだし、ビビってる暇なんてないよね。
千草だって頑張っているんだしさ。
「では、儀式を執り行います」
椅子に座るとすぐに儀式が始まる。八千代さんがブツブツと何かを呟いているけど、何を言っているのかは聞き取れない。日本語じゃないうえに早口で何を言っているのかが全く分からないんだよね。
私から分かることがあるのだとしたら、だいぶ厳重に儀式が進められているという事。五重の結界が張られるし、床に転がっていた鎖は私に向かって飛んできて全身をがっしり巻き取るし。
おかげで身体を捻ることも出来ない。抵抗しようにも、出来ない。どんどんと意識が遠のいて来ているのがわかる。
ちょっとずつ目の前の景色にレースのカーテンが降りて来て、それがどんどん濃くなっていく感じ。
そうやって、私の意識は落ちて行った。
「――さて、私達も頑張らねばなりませんね」
「ホントですよ。またコレをやらされる羽目になるなんて、思ってもみなかったです」
要の意識が魂の内へ向かった後、儀式を行っている2人はそう言って身構える。
見つめる先は五重の結界と鎖に縛られた要の姿。それ以外は何もなく、儀式は滞りなく進んでいるように見える。
「来ますよ。気を抜かないでくださいね」
「閻魔大王様もお気を付けて」
30秒もしないうちにだろう。鎖に縛られた要がみるみるうちに凍り付いて行き、巨大な氷の塊になったかと思うと、それを鎖ごと砕き、要に似た何かがそこへ現れる。
明らかに人間ではない。足を進めるだけで床が凍り付き、結界の中がどんどんと吹雪いていくさまはさながら雪山で獲物を探し、彷徨う雪女のようであった。




