地獄から帰って来た者
『桜花風刃・旋風一閃』には確かな感触があった。ノーダメージという事は考えたくないがその可能性を排除するのもまた危険だ。
相手は格上、何が起きても不思議じゃない。『翠嵐』を構えながら、何が起きても良いように集中する。
「良き良き。森の民の一部が使う魔法だったかの。それを自己流に改良とは、中々器用なことをする」
「……仲間に優秀な研究者がいてな。そいつに助言を貰ったんだ」
そう思っているうちに天狗が笑いながら視界に現れる。最悪の予想は当たっていた。全くの無傷。服すら破れてないあたり、掠りもしてないか。
あの魔法は威力もさることながら、その広範囲のヒット数が売りの魔法でもある。
それを全部対処してるという訳だ。自分が同じことをやれと言われたら正直全く自信が無い。
「そうか、仲間がいるのか。そりゃ良いことだ。頼れる仲間がいることほど良いもんはない」
「同意だ。独りよがりな戦いほど、虚しくて辛いものは無かった」
魔獣に対する復讐心だけで魔法少女をやっていた頃は仲間意識なんて殆どなかった。今思うとあの頃は身体的にも精神的にもかなり追い詰められていた。
真白が現れ、強大な敵が現れ、一致団結して共に打倒出来たことの喜びと守る使命感が私を強くした。それは今も変わらない。
「そうだな。して、一つ質問をしても良いか?」
「質問? まぁ、構いはしないが……」
随分と会話の多い人だ。打ち合いの中で実力をお互い測り終えたというところだが、今のところ会話の方が多い。
お喋りな気質が天狗にはあるのかも知れない。確かにイメージ的にも何となくだが天狗は口が回るような印象がある。説法を説く、そんな感じだな。
「力を得て、何を成す? バケモノとなってまでお主は何になりたい」
「何って、守るために強くなる以外になにがある?」
禅問答のような質問に私は首を傾げながら答える。むしろ、強くなることにそれ以外の理由が必要か?
大体どんな人間だってそうだろう。鍛えるという事は自己満足ではあるが、大なり小なり何かを守れるからという気持ちはある、と思うがな。
ボディービルダーだってメインの目的は己の肉体美を極めることにあるが、副次産物に鍛えられた肉体を見せつけるだけで威嚇になる。
それで守れるモノや人だってあるだろう。広い意味では守ることになっている。強くなるとはそういうことだ。
「――ぶっはははは!! そうか!! そうかそうか!! よいよい、なら何の問題も無いな!!」
どうやら天狗はこの答えが大層気に入ったらしい。ひとしきり大笑いすると、息を整えて改めてこちらに向き合う。
「お主、名前は?」
「千草だ」
「よぅし千草。改めて名乗ろう。『鞍馬の大天狗』は『僧正坊』!! いざ、参る」
再度、空気がガラリと変わる。遊びはここまで、という事か。
右に『翠嵐』の腹を咄嗟に構えて衝撃を受け流す。攻撃が目で捉えられているわけじゃない。スピード特化のクルボレレとの訓練経験が無ければこの判断は出来ていないだろう。
ギャリギャリと金属が擦れる音と火花が耳と視界の隅に入って来る。末恐ろしい、防げてなかったら今頃首が地面に転がっていた。
次に一本下駄の蹴りが飛んでくる。右足の腿を上げて受け止める。刀が切り返しで戻って来るから屈んで避けて足払い。跳んで避けられたところに切り上げと切り払いがぶつかり合う。
空中で受けた天狗が刀同士のぶつかり合いで踏ん張れず、後方に下がる。引くな、前へ出ろ。
引いて様子を見たくなる衝動を押さえつけ、前に一歩出る。あの速度を出す相手に距離を取ったら不味いことはクルボレレを相手にしてたら嫌でもわかる。
それだったら剣術勝負に持ち込んだ方が断然いい。
「『固有魔法』!!」
温存なんてしてられるか。格上相手に舐めた行動は死への片道切符だ。
「『翡翠』っ!!」
全力で魔力を乗せた固有魔法を振り抜く。勝つ以外に道は無いんだ。




