地獄から帰って来た者
「『魔法具解放』っ!!」
解放された魔力が周囲の空気を押し退けて暴風を起こす。しかし、天狗はそんなもの無いかのように突き進み、手に持っている刀を私目掛けて振り抜いて来た。
「『翠嵐・颶風ノ拵』――!!」
鞘から少しだけ抜いた刀身でそれを受け止め、風の刃を伴った暴風と共に押し返す。天狗はすぐさま飛び退き、地獄のごつごつとした黒い岩石の天井に逆さまになって立っていた。
まさに天狗だ。山伏の恰好をした赤ら顔で伸びた鼻。天狗になるというのは彼らが基本的に高慢ちきで自信家だったからこそに由来するらしいが、大天狗ともなるとその部分もアテにならないのだろうか。
まぁそもそも私の知ってる天狗はおとぎ話のものだしな。こうして向き合う初めての天狗が本当に私の知っている天狗かどうかはわからない。
「やるのぉ。妖術まで使うとは、牛若丸とはまた違う楽しみ方が出来そうじゃ」
「牛若丸殿もさぞや大変だっただろうな。こうも喧嘩っ早い御仁が剣術の師とは」
「くかかか、牛若丸の名を知っているか。有名になったもんじゃ、最期こそは悲しい末路じゃったが、名が残ったのならあやつも少しは報われよう」
牛若丸。源義経の最期は確か兄である源頼朝に追い立てられ、自害したんだったか。剣の師、おそらくは育ての親でもあったのか、その表情には何とも言えない哀愁と少しの嬉しさが垣間見える。
だが、それはほんの一瞬だ。天狗はすぐにまた獰猛な表情へと様変わりし、その視線を私へと向けて来た。
「どれどれ、まずは手始めじゃ。お主の力量を図ってやろう」
「さっきので十分だと思うが?」
「冗談を言うな。もっと上があるじゃろうに」
さきほどまでの苛烈な攻撃でもまだ私の実力を測れないとのたまるこの天狗。嘘つけ、私の技量など最初の一太刀でおおよそ図り終えてるはずだ。
二撃目からは威力を調整しながら、私がギリギリ捌けるか否かのラインを少し超えたくらいになるように調整して来ているのはこっちだってわかっている。
ようはこの天狗は戦いを楽しむためにわざとレベルをこちらに合わせている。つまるところは私なんていつでも倒せるという証拠だ。
そのくらい実力差がある。一瞬でも気を抜けば終わりだ。
「ぬんっ!!」
「ふっ!!」
振りかぶった切っ先から放たれた風の刃同士がぶつかる。巻き上がった爆風に乗って跳躍、前進。
同じように飛び込んで来た天狗と打ち合わずにひらりと躱すと空気を蹴って身体をぐるりと上下左右を反転。
「風に舞え、『楓』!!」
振り抜いた風の斬撃はひと振りで複数飛び出ていく。高嶺流剣術の中でも使い勝手の良い『楓』は私が最も多用する技の一つだ。
一撃必殺の威力を秘めながら複数の斬撃を同時に飛ばすという中々にふざけた技ではあるのだが、天狗はあっさりとその複数の斬撃を叩き斬ってみせる。
流石と言うべきか、馬鹿げていると笑うべきか。だがまあ、こんなもの天狗にとっては子供だましも良いところなのは私もよく分かっている。
「舞い散れ――。『桜』!!」
追撃のリスクを減らすための『桜』。細かな斬撃が舞い散る広範囲の無差別攻撃だが、私だってこの3年間ただ高嶺流の剣術を模倣していたわけじゃない。
「『桜花風刃――』」
散った斬撃を切っ先から迸る風で絡めとる。それらを鞭のようにしならせ、密度を高め、更に風の刃の渦を乗せて振り抜く。
「『旋風一閃』!!」
ただ散って漂う斬撃だけだった『桜』を刃の旋風で指向性を持たせ、相手目掛けて突撃させる。
突っ込んで来る相手に対しての防御兼カウンター技として有用だった『桜』をこちらからあいてにぶつけていく技だ。
威力もさることながら、その特徴は着弾したそのあとにある。
「爆ぜろ」
「ぬぅっ?!」
受け止めることは咄嗟に危険と判断したのか、回避に徹した天狗の真横。着弾した『桜花風刃・旋風一閃』は地面を抉った旋風が衝撃を伴いながら弾けるとその勢いで絡めとっていた『桜』の細かな斬撃を周辺へと炸裂させる。
着弾型のショットガンのようなものだ。とにかく、剣術一辺倒だった私はこの3年間で魔法の基礎を叩き直した。
その中で解析された古い魔法である『高嶺流』の技を自己流にアレンジすることに成功していた。




