地獄から帰って来た者
「よくぞ参った、現世の客人」
そこにいたのは見上げるほど大きな鬼だった。目測で4mは超える巨体は威厳があり、顔色は影になっていてこちらからは窺えないのがまた雰囲気のある人だな、というのが第一印象だ。
思っていたよりもフレンドリーというのも少し意外だ。こちとら開口一番に怒鳴られる可能性すらあると思っていたがまずかけられたのは歓迎の言葉。
「とりあえず腰掛けると良い。八千代、茶を用意してくれ」
席に座るようにも促され、私達4人はそれぞれ席に着く。八千代さんはお茶の準備ということでいそいそと給湯室と思われる添えつけの部屋へと消えていった。
「さて、高嶺殿に間殿。今度はどんな厄介ごとをお持ちに?」
「まるで俺たちがいつも厄介ごとを持ち込むみたいだな」
「事実そうでしょう。お二人だけでは手に負えない案件、ということですからな」
閻魔大王ははぁ、と溜め息を吐く。どうやら郁斗さんと悠さんはちょくちょく閻魔大王に無理難題を吹っ掛けているらしい。
2人は苦笑いで誤魔化しているけど、閻魔大王と八千代さんが文句に近いことを言うのも納得だ。あの人達が持って来る厄介ごとなんて大抵とんでもないモノなんだろうな、と容易に想像出来る。
「まぁ細かいところは後で話すとして、本題だけを話す。コイツら2人の魂の力を引き出したい」
「……はぁ」
本題をさっさとぶち込んだ郁斗さんの言葉を聞いて、それはもう大きな溜め息を吐いた。
吐いた息がこちらの衣服を少しだけ持ち上げるほどだ。どれだけ深く息を吐いたのかがよく分かる。
それだけ厄介ごと。あるいは面倒なことと言うことだ。
「間殿、簡単に言われますが世界のルール的にも相当なグレーな行為。どちらかと言えば黒寄りのグレーです。死後、地獄行きもやむなしと言われてもおかしくないのですぞ」
「そんなことで怯む奴らじゃないさ。だろ?」
「ハイ。地獄に堕ちると言われても、やるべきことをやるために必要である以上、私はやります」
「私も、私の力をもっと完璧にコントロールしたいです」
話を振られて私も要も一歩も引かずに答える。閻魔大王からはジッと射抜くような眼光と威圧感を受けるが引くわけにはいかない。
『魔法具解放』だけでは、足りない。私達にはそれ以上の力が必要だ。その足掛かりとなるのなら飛び付かないわけにもいかない。
世界の命運というやつがかかっているんだ。仲間の期待というのもある。
そして何より。
「「私はもっと強くなりたい」」
2人とも最も強く願っているのはコレだろう。強さは私達にとって大事だ。
強くなければ守れない。強くなければ何も出来ない。誰よりも身も心も強く、誰でもない誰かを救う。
私の、私達の理想はそれだ。もっともなりたい理想の自分になるためにはまだまだ強くなる必要がある。
「……はぁ、師匠がコレなら弟子も弟子ですな。喜んで人の道から外れるとは」
「必要だからやっただけだ。何も好き勝手暴れたいってわけじゃない」
「わかっていますよ。相変わらず、不安定な世界ですからな。守護者は必要でしょう」
地獄の管轄では本来ないんですがね、と小言を言いながらどうやら閻魔大王はある程度の納得は示してくれたらしい。
いつのまにか出されたお茶が入った湯呑みを大きな手で器用に摘んで啜った閻魔大王。
私達も倣ってお茶を啜る。ごく一般的な煎茶だ。普通に美味い。安心する味と香りだ。
「私としては反対ですがね。何もうら若きお嬢さん方が人の道を外れてまでやることか、と。そうは言っても聞かないんでしょうが」
「すみません。ご迷惑は承知の上でお願いいたします」
「よろしくお願いします!!」
閻魔大王は単純に私達の身を案じているのだ。何も若い私達が戦うためにこんな理外の力に手を染める。
それを大人として止めたい気持ちはある。そういうものだ。
似たようなものは人間界でも散々感じて来た。魔法少女でしか、魔獣に真っ向から対応出来ない。
対魔獣用兵器の開発には成功してるというのに、それを紛争、戦争に横流しされてしまうリスクのために私達はその技術を広く提供することが出来ない。
結果として魔法少女としての職務に大きな変更は無かった。
真白は歯軋りしていたがな。




