地獄から帰って来た者
「おい、要ちゃん。そろそろ行くぞ」
「はーい!! それじゃまた機会がありましたら~」
通行人の鬼たちに氷のミニチュアを見せるパフォーマンスをしていた要は郁斗さんに呼ばれると手をひらひらとさせ、ついでに雪の結晶を降らせてパフォーマンスを終える。
パチパチと拍手されながらこちらに駆け寄って行く様子は中々にサマになっているのがなんというか、笑えて来る。
「先立つモノは手に入れて来ました!!」
「ちゃっかりしてんなオイ。千草よりはよっぽど商才あるな」
「なんでいきなりこっちに矛先が向くんですか」
しっかりきっかりお金を稼いできた要の抜け目の無さには脱帽だ。何故か私がオマケのように弄られたのだけは不満だが。
それにしても随分と稼いだものだ。地獄のお金は私達の感覚だと見た目は古銭に近い。江戸時代のお金、という感じだ。
腰巾着いっぱいに集まったお金の額はその価値が分からなくても相当なものだと分かる。少なくとも短期滞在であれば問題無さそうなくらいにはジャラジャラある。
「おー、結構集めたねぇ。いいお宿泊まれるよ」
「本当ですか? いやぁ、こんなところで役に立つなんて」
「地獄だと氷って珍しいしね。極寒地獄はここから離れてるし」
「地獄にも色々あるんですねぇ」
呑気というか、のんびりとした性格の2人はキャッキャッと今晩の宿のグレードが上がったことに喜んでいる。
いやまぁ安宿よりは良いが、地獄にも宿泊施設があるんだなと思ってしまう。煩悩とか欲とかそういうのに染まった魂を浄化するのが地獄じゃないのか?
「鬼だって生活があるからな」
「世知辛いもんだな」
鬼も人間も社会生活の仕組みはそう変わらないということか。
「ところでこんなところで油を売ってていいのか?」
「あぁ、大丈夫だ。そのうち向こうから来る」
いい加減遊んでないで動かなければいけないと思うのだが、ここでぼうっと突っ立っていて良いのだろうかと思っていると、正面の大通り。その随分と向こうから何かがやって来るのが見える。
別に鷹の目とかを使っているわけじゃない。遠くから明らかに土埃が上がってこちらに向かって来ているのが見えているからだ。
なるほど、向こうから来ると言うのは本当らしい。
「こらこらこらこらこらーっ!!!!」
キキキーッ!!とどこからともなくあるはずのないブレーキ音が聞こえた気がするが、ともかくそれと一緒に土埃を上げて猛スピードで走って来た鬼の少女が私達の前に現れた。
「よう八千代。久しぶりだな」
「久しぶりじゃないよ間の!! あんたまた現世の人を勝手に連れて来たね!?」
「無意味に連れて来たわけじゃない。むしろ三途の川に迷い込んでたのを助けてやったんだ」
「そっちはそっちで問題だよ!!」
八千代と呼ばれた少女はムキーッ!!とヒステリックに叫びながら地団駄を踏んで郁斗さんに主張をしている。
どうやら、現世の者が地獄にいるのはあまり良くない事らしい。
まぁそりゃあそうかという気持ちはある。地獄は死んだ者が行くところだからな。
「今度は一体何を企んでるんですか。いくら天香さまと天照さまの弟子とは言え、ルール無視は許しませんよ!!」
「ルールの内には収まってるから安心しとけ。魂に干渉するだけだ」
「ダメに決まってんでしょ!!」
騒ぎ散らかす様子はたぶんよく見る光景なのだろう。周りの通行人はちらりとこちらを見ては無視を決め込んでいる。
それにしても騒がしい人だ。そんなに大きな声を上げ続けて疲れやしないのだろうか。
「で!! 今回の問題を持ち込んだのはあなた方ですね?!」
「ん?」
「あれ、私達が怒られるのこれ?」
急にくるりと私達の方へ向くと口撃の矛先もこちらに向く。
私達は郁斗さんに連れられてここに来たわけだが、何をするのかを具体的には何も聞かされてない。
私達に言われてもな、というのが本音だ。




