地獄から帰って来た者
「で?収穫は?」
「また藪から棒だな」
会議を一旦終え、私と要。そして珍しく私達に着いて来た朱莉だ。おおかた、何か話があるからなのだろうと思っていたが、予想通りだったらしい。
「こっちもヴィーゼの街を安定させるのに手間取ったから、アンタから色々話を聞いてないのよ」
「竜族のリーダーは大変だな」
「からかわないで。それで、地獄とやらの話も碧についての話も聞きたいんだけど」
「わかったわかった。焦るな。順を追って話すが、長くなるぞ?」
朱莉が所望したのは地獄の話。というよりはルーツの力についての話だろう。
朱莉も既にこっち側の存在だ。私の種族が既に人間じゃないことは感覚的に理解しているんだろう。
それにしても、何処から話そうか。細かな話まですると地獄関連は濃密過ぎて話が長くなる。
まずは碧について手短に話すか。
「まずは碧についてだが、どうやらサフィーリアによって隷属紋を受けたらしい。そこまではわかっているか?」
「簡単にはね。でも、対隷属紋用の対抗策があったハズだけど?」
「完全に油断していたんだろう。サフィーリアが裏切るわけがないという思い込みだな。アイツは身内に少々甘過ぎるからな」
人の意思を奪い操る禁忌の魔法、隷属紋。3年前から私たちにも猛威を振るったソレは3年の月日の中で対抗手段を生み出された最も警戒されている魔法だ。
それにあっさりかかるようではな。気が緩んでいると言うよりは自分が狙われるとは思ってないという油断だろう。
確かに狙われるのならまず真っ先に真白だろう。そちらはそちらでショルシエ側からの戦略があったようだし、そちらも上手くいってしまっているが、あっちは仕方がない部分が大半だ。
種族としての特性のようなものを利用されてはな。妖精、もとい獣は王の命令に忠実なのだろう。
例えるなら巨大な狼の群れだ。群れのリーダーに配下達は忠実に行動する。
そういう特性を妖精は有している、のだろう。
対して碧とサフィーリアの件は碧に対処のしようがあった。
隷属紋の対策は既に打ってあったからな。それを活用出来なかったのは碧の問題。アイツの怠慢だ。
「最近の碧は目に余るものがあるとは思っていた。恐らくはモチベーションを失っていたんだろう。3年前にも似たようなことがあったが、今回の方が深刻だった」
元々、碧は当時シングルマザーだった母親を援助するため。つまり金が欲しくて魔法少女になった身だ。
魔法少女として活動し、実績を積めば積むほど貰える給料は増える。ようは魔獣を討伐した数とその等級が当時の給料の基本。いわゆる出来高制ってヤツだ。
朱莉は祖母や父の影響を受けた家柄的なモノ。紫は2人がなったからというアバウトなモノだったが後々に魔法学研究者としての道を志している。
モチベーションが元々高い朱莉と目標を見つけ、モチベーションを得た紫と比べて、お金という純粋な物欲から魔法少女になっていた碧のモチベーションは元々揺らぎやすいものだったと言えるだろう。
そのうち碧の母は諸星グループの御曹司であり私達の叔父にあたる諸星 翔也さんと再婚する。3年前の事件がひと段落する頃には碧には双子の弟と妹が生まれ、正直に言ってその段階で碧が魔法少女を続ける理由というのは無くなっていた。
以前にも似たようなことはあり、やはり経済的に安定した以上はわざわざ危険な魔法少女の職を続ける理由が無く、心配する母親のことを考えるとそろそろ潮時かと考えていた時期があった。
ただ、その時ちょうど3年前の『ノーブル』の事件が活発化して来たこともあり、妹や仲間をおいてむざむざとリーダー格が抜けられないと持ち前のリーダーシップによって持ち直したわけだが。
先ほども言ったように事件が解決した以上は碧に魔法少女を続ける確固たる理由は無くなってしまっていた。
経済的にも、情勢的にも安定した状況の中。他のメンバーはメキメキと実力を上げていく。
かなりの葛藤があっただろう。私だってわかるさ。目標を失っている中、理由が無くても続けることを求められることの辛さがあるのはわかっている。
それを汲み取って、続けてくれていたこともわかってはいる。だからこそ、こうして私が戻って来た時に完全に自己研鑽のモチベーションが消えていたのは残念だった。
危機が迫れば、碧はまた強く立ち上がる。私はそう思っていたからな。




