獣の正体
「団長は自分達の身に何が起きたのかを僕らに説明してくれました。自分達『妖精』が大昔に『獣の王』と呼ばれる存在の配下、その末裔であることを」
衝撃的な内容でしたよ、と彼は言う。そりゃそうだ。私達だっていまだに信じがたい。だけど、信じるしかない。そう考えるしかない材料が揃い過ぎている。
妖精も他種族もどっちにとっても衝撃的な受け入れがたい事実に耳を塞ぎたくなったことだろう。
そんなわけがないと事実を否定し、混乱が広がったかもしれない。でもパッシオはそれを治め、妖精達を街の外へと連れ出した。
「驚き、ましたよね」
「えぇ、最初は誰もが嘘っぱちだと言いましたが、団長は根拠を次々と僕らに伝えてくれました。『獣の王』、『災厄の魔女』の正体についても聞きました。全ての諸悪の根源だと、団長は言っていました。それは私達も間違いないと自信をもって言えます」
ですが、かの『災厄の魔女』の悪意は私達のは遥か上にあったのですね。と漏らし、遠くを見つめている。
その目は恐怖や畏怖、理解が及ばない存在への不安が見て取れる。一体、ショルシエとはなんなのか、何が目的なのか私達でも全く予測がついていないのだから、一般人の彼らからすればブラックボックスのようなものだ。
理解の及ばないものほど恐ろしいものはない。妖精がショルシエの手により獣と化すことがまさにそれだ。
そんなことが可能なのか。しかし現実に起こったことは間違えようもなく事実。
人々は対策も無く、怯えるしかない。出来ることと言えば妖精を排除することくらいだ。最悪の手段でしか、普通の生活をする人には対処のしようがない。
「団長は『災厄の魔女』を倒さない限り、妖精界に安寧は訪れず、妖精はヤツの気分次第でいつでも『獣』に戻ってしまうと言っていました。とても恐ろしいことです。妖精も他種族の私達も争いたくないのに争うしかない」
元は獣だったとは言え、妖精は今やこの世界の住人だ。良き隣人でもあっただろうし、仕事仲間や友人だった人達は多くいることだろう。
それが敵の匙加減で恐ろしいバケモノになってしまうというのだから、妖精もその他の種族も恐怖しかない。
妖精は自分の意思を奪われ、次に目覚めた時には他者に手をかけている可能性があり、他種族はいつ操られてしまうかわからない人が隣にいるかも知れない。
「どうしてこのような卑劣で残酷なことが出来るのか、私達は嘆くことしか出来ません。このままでは私達は妖精を力づくで追い出し、排除することでしか安全な生活を送ることが出来なくなってしまう」
「パッシオは、それを未然に防ごうとしたのね」
「ハイ。共に歩むために、今は一度袂を分かとうと団長は言っていました。自分がいなくとも、魔法少女が、姫様が何とかしてくれると言って、私達を鼓舞してくれたのです。この分断は決別ではなく、元の日常に戻るためなのだと」
そうやって人々を安心させたのか、と感心する。希望をしっかり掲示することで、これは永遠の決別ではないし、敵と味方に別れるわけでもない。
お互いの為の一時的な安全策だと、パッシオはそう民衆に示したわけだ。
既に私の下を離れる決心をしたことを伝えることで、民衆に自分の決意を示し、それに追従させやすくさせたのだろうとも予想する。
レジスタンスの団長としての数々の実績も一役買っているんでしょうね。それだけ人望があるということだ。
例えそれが詭弁だとしても、希望があれば人はそれに縋る。
「姫様とその仲間達が必ず『災厄の魔女』を打ち倒してくれる。団長はその邪魔をするわけにはいかないと、僕に手を貸して欲しいと言って、妖精達を引き連れて街を出ていったのです」
「流石はパッシオね。物凄い人望だわ」
「それは姫様もですよ。団長と姫様の深い信頼関係は市井の耳にも届いています。お2人が別れを選択するほどの一大事。姫様をあれだけ大事になさっている団長が、姫様の下を離れ、同じ妖精達を連れだって行こうする姿に我々は心を打たれたのです」
パッシオの人望の厚さに驚いているとそれは私も同じだと彼は笑う。その内容を聞かされて、私は頬が熱くなる感覚を覚えながら、彼の治療を続けた。




