獣の正体
結局、あの会議で大きな変化が巻き起こることは無く終わった。
まぁ当たり前だけどね。会議ひとつで状況が変わるようなら、とうの昔に解決している。
問題は複合的で難解を極める。まるで何本ものコードがぐちゃぐちゃに絡まってしまったPC裏の配線のよう。
どれがどれの配線で、どこから解けば良いのか誰もわからない。
一度バラバラにすれば確実だけれど、それには時間がかかる。
それじゃあ間に合わないのが今の状況なのだ。絡まっている邪魔な配線をピンポイントで切断する必要がある。
そのための準備と調査を最短でしなければならない。それが今の状況。
「……はぁ」
だというのに、私は今ベッドの上に身を投げ打ち溜め息を吐いていた。
活力が湧いてこない。やる気が起きない。やらなければならないことは山積みになっているのに、全く頭が働いてくれない。
暗闇の中に1人放り出された気分だ。何も見えず、何も分からず、何も出来ない。
そんな無力感とでも言えばいいのだろうか。ともかく、私はこの危機的状況の中で完全にモチベーションを喪失し、そんな自分に途方に暮れていた。
「はぁ……」
何度吐いたのか数えるのも馬鹿らしくなる回数になっただろう溜め息だけが部屋に響く。
こうなった時にどうすればいいか、私は分からない。他の人、普通の人ならきっとリフレッシュをして心機一転するのだろうけど、生憎私はその手段を殆ど持っていない。
それを一緒にしてくれた人がいなくなってしまったのが1番の原因だ。
「真白様、ともかく動きましょう。動くのをやめてしまえば本当に動けなくなってしまいますよ」
「そう、だね。うん、とりあえず城下に降りよう。怪我人を治療しなきゃ」
さっきの会議の時にも言ったけど立ち止まったらドツボに嵌まって抜けられなくなる気がする。
普段はやり過ぎと言われがちな仕事に没頭した方が今の私は良い。
美弥子さんにも勧められて、私はブローディア城で自室として使っている部屋を出る。
「マーチェとグリエはどう?」
「怪我の方は殆ど問題ありません。ですが、精神的には参ってしまってるようです」
「無理もないわ。信じてた仲間に襲われるなんて、誰だって恐ろしいことだもの」
美弥子さんと一緒に私が直属で雇っている鳥人族のマーチェと魔族のグリエはそれぞれ今回の事件で負った怪我で療養中だ。
だけど、それ以上に仲間の妖精たちに襲われたことの方がなによりもショックだったはず。私がそうだったように、ね。
幸い、城内で襲われておおごとになる前に彼女達に襲いかかった妖精達は取り押さえられた。
それでも、襲われた事実が消えることはない。
どれだけ言葉で取り繕おうとも、両者の心からそれらが消えることはない。
「……なんで、こんなことになっちゃったのかしらね」
襲われた方も、襲った方も本意ではない。誰も悪くないのに、軋轢が生まれてしまっている現状を嘆くことしか出来ない。
「原因はショルシエです。私達に出来ることはそれを排除すること。私はそう思います」
「そうね」
でもそれが簡単ではない。まともに戦えばこちらが不利だ。それだけ圧倒的な魔力を有しているのがショルシエ。
3年前に私たちが戦った偽者とは格が違う。真っ向から戦えるのは、朱莉と千草の2人だけだと思う。
それでも力と力のぶつかり合いでは負けるというのが2人の意見だ。
こちらが有利な状況に引き摺り込んでようやく対等。ショルシエはそれをよく理解しているのだろう。
決して自分の領域から出ることは無く、相手の領域にも決して踏み込まない。
そして安全圏から自分の有利を押し付ける。傍観者だの遊びだのなんだのと言っているが、その裏には打算がある。
そういうところがショルシエらしいと言えば、らしい。
今回のこともそれの延長だ。




