千夜祭
炎が旧王都サンティエの美しい石造りの街並みを黒く焦がす。
突如もたらされた暴力的な熱量に近くにいた人達は悲鳴を上げて逃げ惑う。
幸いだったのは建物の中にいる人が殆どいないことだろう。千夜祭の真っ最中、老若男女殆どの人が家屋の外に出て歌えや踊れの大騒ぎをしていたからこそ、炎に焦がされた建物の中で蒸し焼きにされてしまうことはないハズだ。
「グルゥ……。ガァッ!!」
「っ、ダメ!!」
逃げ惑う人々を煩わしく思ったような仕草を見せたパッシオが炎を纏わせた尻尾を薙ぎ払う。
先端から噴き出した炎が火炎放射器のように人々に狙いを定めるその直前に私は何とか障壁を展開して炎を防ぐ。
「どうしたの!!パッシオ!!」
「グルルルル……」
パッシオの豹変ぶりに困惑を隠すことが出来ない私はとにかく彼に呼びかけ、どうしてこんなことをするのかと問いかける。
しかし、返ってくるのは獰猛な低い唸り声。まるで獣のようなそれはいつものパッシオではないことを私に悟らせるには十分だった。
一体、彼の身に何が起こったのか。病気?だとすれば狂犬病のような危険なモノか?
魔法?いや、そんな気配は無かった。少なくとも魔力を行使した何かを行われた感覚は無かった。
数m離れたところならともかく、パッシオは私の肩に乗っていたのだ。何らかの魔法が発動したのならそうだと気がつく。
隷属紋でもない。あの魔法は全身を拘束するような特徴的な魔法陣が身体に浮かび上がるし、パッシオにはそれの対抗手段も渡してある。
彼なら数秒の意識がまだあるウチに対処出来るだろう。
「だとするなら、あの時の……」
あの時感じたのはただただ嫌な予感。身の毛もよだつような悪寒が全身を襲った直後にこうなった。
あの悪寒の正体がパッシオを狂わせた何かだ。ただその何かがわからない。
今脳裏に浮かんだこれらの事柄は今思い付いた私の予想でしかない。対処方法も見当が付かない。
「ガァッ!!」
「くっ!!」
炎を防いだことで、攻撃の目標を私に変えたらしい。邪魔する奴を先に殺す。そういう殺意すら感じる威圧感をパッシオから向けられるなんて一度も想像したことがなかった。
どうしてこんなことになっているのか、パニック状態なのは変わらない。
ただ身体は今までの経験から勝手に動いてくれる。考えがまとまらない、他を気にする余裕が全くない。
いつもだったら、逃げ遅れがいないかとか、民間人を安全に逃すとか。増援を呼ぶとか。
そういった当たり前のことが瞬時に出来てない時点でこの時の私は平常心を失い、完全なパニック状態だと後々思い返した時に認識させられることになる。
「アアア"ア"アァァッ!!」
「やめて!!お願い!!」
襲いかかる紅蓮の炎。後退しながら障壁でかなり手前で凌ぐ。
かなりの高温だ。かするどころか近付くだけでも大火傷を負いかねない以上、大袈裟に余裕をもって防御する。
だが炎属性の使い手であるパッシオの真髄はそこじゃない。単純な火力という点では正直シャイニールビーの方が上。
最も注意する点は攻撃のレパートリーの豊富さと質量を伴った炎属性の攻撃だ。
「パッシオ!!」
何度となく声をかけるけど、私の声が届いている様子はない。
完全に理性を失い、私のことすら認識していないパッシオの猛攻は止まることなく炎とそれを纏わせた5本の尻尾の乱打が加わる。
これがパッシオの攻撃だ。本来、炎属性は質量を用いた攻撃ではなく熱量を用いた攻撃を行う。
炎に重さは無いのは当たり前のことだけど、パッシオはそこに複数の尾を用いた物理攻撃をプラスしていく。
シャイニールビーも剣に炎を纏わせるけど、その攻撃主体はその熱によるダメージだ。
炎の斬撃は直接剣を当てるならまだしも、剣身を炎で延長させたりする攻撃はやはり質量を持たない攻撃。
「くぅ……っ?!」
パッシオは違う。炎弾や火炎放射に質量は無いがそれ以外の攻撃は尾を主体にした質量攻撃だ。
熱と質量、両方を用いた攻撃がどれほど苛烈か。それを想像するのは難しいけど、今の私が完全に押し切られていることがパッシオの攻撃能力の高さを如実に語っていた。




