魔法少女はじめました
ふう、と私は自宅にあるPCデスクのチェアに鞄とスカートを脱いで放り投げる
仕事とは言え、休日に職場に呼び出されるのは心身に堪える。短時間とは言え、魔法少女が命の危機に陥ると言う状況は、政治的にも仕事的にも、そして個人的にも非常に良くない
「元から無鉄砲な子だったけど、最近は輪にかけて酷いわ。他の子も一癖あるし、なんで昔から魔法少女って変わり者ばかりなのかなぁ」
仰け反る様にして背もたれに寄りかかり、思わずぼやく。頭に浮かぶのは、この地区でも年齢、実力共に中堅の魔法少女『シャイニールビー』の事だ
元々、性格もハッキリとしていて、言いたいことはズバズバ言う強気な子だ。戦闘スタイルも攻撃とスピードに大きくリソースを割いた攻撃型。私が監督する魔法少女の中でも、随一と言えるくらいの突破力とここ一番の火力があると評価している子だ
だからと言って、大人のいう事を聞かない子ではない。13歳ながらに公私混同をしない、立派な子なのだが、ここ最近の命令違反は目に余る。結果として、一週間の謹慎だ
これで、溜まっている疲労が抜け切ればいいのだが
「それよりも、問題は報告にあった新しい野良の魔法少女ね」
シャイニールビーを始め、何人かの魔法少女の前に姿を現している『純白の魔法少女』。正体は当然不明。そもそも魔法少女には、魔力によって本来の姿を認知させなくする魔法が常に備わっている
髪の色や、服装が変わるのはその魔法を身に纏っているためだ。それが装甲の役割も果たしている。この魔法こそが魔法少女を魔法少女たらしめている魔法だろう
そして、髪から服装まで白で染まったその魔法少女の名前は『アリウムフルール』。本人がそう名乗ったらしいので、名称はこれで確定
得意な魔法は障壁魔法と治癒魔法。どちらも高いレベルで、特に障壁魔法はその形状や場所を自由自在に変え、防御だけではなく、攻撃や敵を閉じ込める檻として使ったりなど、前代未聞の使い方をしている
代わりに、報告にある限りでは一般的な攻撃魔法。属性魔法は使用していない。恐らく、障壁魔法や治癒魔法に高い適性がある代わりに、属性魔法には適性が無いのだろう
後方で支援しながら、自らも攻撃に加われる。まさに理想的な魔法少女だ。そんな魔法少女は、初代魔法少女世代。通称『ファースト』と呼ばれる魔法少女達にも一握りもいない
「是非とも政府所属になって欲しいんだけど、ねぇ」
報告書に記載されている『アリウムフルール』の大よその年齢は16歳程度。多少前後はあるだろうが、見た目通りの年齢なら、ちゃんと自分の頭で物事を考えられる年頃だ
魔法少女であるなら、政府に属した方が多くのメリットと保護を受けられることだって分かっている筈
それを分かっていて、それでも私のような政府の役人に接触しない、それどころか逃げるような素振りすら見られた、という事は何か理由があって自ら野良魔法少女をやっているという事である
事情を分かっていなかったり、悪い大人に利用されているなら、説得でこちらに引き込めるのだが、アリウムのような自分の意思で野良をしているタイプは、一筋縄ではいかないのが私達、魔法少女の監督者の間での常識だった
「ルビーちゃんが落ち込んでるのも多分アリウムちゃんのせいだろうしなぁ。そりゃ、自分がてこずった魔獣を目の前で、しかも障壁魔法で倒したなんて見せつけられたら、ちょっと自信無くなるわよね……」
ルビーちゃんは典型的な努力型だ。決して、天才と呼ばれる部類ではない。努力して、努力して最後に人並み以上の結果を出す。これもまた才能であるけれど、どうしても煌びやかな天才型には一歩足を引いてしまう
対して、アリウムフルールは恐らく天才型。目撃されるようになって一か月。たったそれだけの期間でBクラス魔法少女のルビーちゃんと同じ土俵に立ってしまった
それをまざまざと見せつけられ、負けん気の強いルビーちゃんは普段よりも数倍の訓練量を自分に課すようになった、それが悪循環を生んでいるのだが、一概に悪いこととも言えず、今回のような結果になったのは、監督者である私の落ち度だろう
「ホント、この仕事休みが無いわね」
なにせ、振替でもらった休日なのに、今からするのは今回の事についての始末書。あぁ、休みが欲しい
そう、愚痴りながら、私はPCを立ち上げて、持ち込みの仕事と格闘するのだった。えーっと、あの資料はっと……