到着、スフィア公国
「あの、マヒロさんは今のままで良いんですか?」
コーヒーの残りひと口が冷めてきた頃、ようやく頭の整理が追い付いた僕はマヒロさんにまた疑問をぶつけた。
率直な意見だ。マヒロさんとスミア。2人がこのままで良いと思っているのか、その確認だ。
「良い、とは?」
「いや、月日こそまだ短いのかも知れませんが、今後一生付き合いのある家族であることには変わりはありません。それを不仲のままでいる時間が長いのはかなり苦痛じゃないかと思って」
家族は家族だ。それが法や書類上の上の関係でもその関係を断ち切らない限り家族であることは変わらない。
いや、一度でも家族として生活したのなら、法的な縁を切っても家族の縁は切れないと僕は思う。
『繋がり』というのはそういうものだ。紡いだ縁はどんなに切ったつもりでも何処かで繋がっている。
完全に断ち切ることはほぼ不可能だろう。少なくとも普通のやり方では思い付かない。
「家族が不仲でいることは、かなりのストレスです。出来ればそんなことにはならない方が良い」
「案外、そういうものを大事にするタイプか。あぁ、いや、悪い意味じゃない。それは持っておくべきものだ。それが人を強くする」
「家族や友との繋がりが、ですか?」
「あぁ。1人の奴は弱いし、仲間の多い奴は俺はそれをよく知っている」
しみじみと語るその様はきっと魔法少女と敵対していた頃のことを思い出しているんでしょう。
スミアは強い。その強いスミアが口々に言うのはお姉ちゃん達の方が強いし、お姉ちゃん達と一緒に戦って、自分は最大戦力を引き出せる。
ということだ。尊敬する姉達のことを持ち上げているのかとも思っていたけど、マヒロさんから察するに魔法少女の強さはその団結力にあるようだ。
「同時にな、俺はどうにもそれがまだハッキリと分からないんだ。『繋がり』が人を強くするのは嫌というほど見せ付けられたからよく知ってるが、自分のこととなるとどうにもな」
「敵だった、からですか?」
「それもあるがな。これもまたややこしい話になるが、俺は真白と血の繋がりがあると言うが、同じようにして産まれて来たわけじゃない。俺は作られた命なんだ」
「作られた、命……?」
そう言われても、パッと想像がつかない。命を作るとはどういうことか。
命とは生まれるものだ。授かりものであり、作るという表現は適切ではない。
もし意図的に、人為的に、魔法の術式の設定を弄るように子供を作ったとしたのなら。
「概ね想像している通りだろう。俺は真白の両親を使って作られたんだ。こんな図体をしているが生まれてから10年も経ってない」
「……!!」
息を呑む、とはこのことだろう。また自嘲するように笑うマヒロさんの表情に、どれだけの感情が込められているのか。
僕から言えることは無い。どんな言葉をかけても普通に生まれて、王族として他の人よりも優遇された環境で育った。
温室育ちの僕に、何も言えるものか。
「真白からすれば親の仇みたいなものだ。本人は気にする必要はないと言われてはいるが、無理だろ。これは俺が地獄に落ちるまで背負わなければならない罪だ」
「……」
生まれた時から業を背負っている。自分から自分で幸せになることを許せない。
そんなことがあるのか。それは違うのではないかと思うが、やはり口には出来ない。
僕は部外者で知り合ったばかりの存在。何を言う権利も無ければ、分かった気になれるほど図々しくもなれなかった。
「他の連中は俺に対しては一定の理解を示してくれたし、水にも流してくれたが、全員が全員ハイそうですかと割り切れるワケもない。特に墨亜は1番の歳下で、真白のことを尊敬している。俺のことを嫌うには十分過ぎる理由さ」
そう言って、マヒロさんは自分のカップをあおり、中のコーヒーを口に流し込んだ。押し出てきた感情を飲み込んで、自分の中に戻すように。
そこまで見て、僕はマヒロさんから感じていた既視感の正体に気がつく。
この諦めにも似た雰囲気は兄。帝王レクスから感じるそれと同じだった。




