獣道
私を地面へと押さえつけていた男性を魔力の放出で強引に引き剥がし、立ち上がった私をすぐさま別の何かが拘束します。
両腕とヒレを拘束したそれは4本の尾。妖精の特徴であるそれでした。
「4本尾……、貴方がカトルですか」
「へぇ、知ってるんだ。流石は魔法少女とそれに与する連中だ。情報の重要さってヤツをよく理解している」
私を拘束したのはショルシエの分身体。その中でも4本の尾を持つカトルという男性でした。
大人と子供の中間くらい。見た目から推察出来る年齢は私やお姉さま達魔法少女とそこまで変わらないでしょう。
子供にしてはがっしりととした。大人にしてはこどもっぽい。その頃特有の雰囲気を持つ彼は私を尾で拘束しながら前髪をかき上げてこちらへコツコツと足音を立てて近付いてきます。
「慎重になった甲斐ってのがあったものだよ。おかげで目的の9割は達成されたと言っていい」
「……何故、私を狙ったのですか。私のような小娘一人を捕らえたところで、お姉さま方を怒らせるだけです。それに旧王都まで侵入出来たのなら、私よりも狙うべき対象がいるはず。私を拷問しても、大した情報は持っていませんよ」
「そうだね。その辺のことは流石に期待していないさ。魔法少女達、いや人間は僕らが想像する以上に頭が良く、狡猾だ。味方である君すら知らないような作戦が水面下で幾つも動いているだろうさ」
私の指摘にカトルはその通りだと正直に頷きます。私はお姉さま方に比較的近いレジスタンスの構成員ではあります。
重要な作戦にも加えていただいていますし、それなりの中心に位置した立場ではあるとは思います。
ですが、過去の一度も作戦会議などと言った重要な席には同席した経験はありません。私はあくまでレジスタンスの一般的な構成員であり、その中枢部にいるわけではない。
帝国やショルシエが欲しがるような私達の動向や作戦の詳細など知る由もないというものです。なんなら、この二国間会議における警備網の要項すら私はその詳細を知らされていません。
カトルの言う通り、お姉さま方人間と呼ばれる種族の方々はこういった事に関して非常に徹底した管理を行っています。
私のようなただの構成員が彼の欲しがるような情報を持っていることはありません。
「魔法少女達は手強い。真正面から戦えば僕達は負けるだろう。こっちはバカばかりでね、そんなこともわからない連中しかいないんだよ」
「だから、なんだと言うのですか」
「僕は違う。そんな力ばかりの、頭の悪いやり方なんてしない。勝つために確実な手を打つ」
状況は悪いですが、現状帝国やショルシエなどを相手取った戦いで私達は一度の負けもありません。
お姉様達魔法少女と、それをバックアップする『魔法少女協会』の存在が大きいのは間違いなく、その中心存在である真白姫様が全ての鍵となる方でしょう。
カトルはよく分かっている。
圧倒的な力を持っていても、知恵比べや小手先の技術で彼等は負け込んでいるのだ。
それでも傲慢不遜で遊びの部分を止めないショルシエだからこそ、私達が付け入る隙がある。
碧お姉様がそんなことを言っていたことを思い出しながら、だからこそそれを否定するカトルの存在は危険だと感じます。
彼は力で強引に解決するのではなく、知恵と戦略で私達の裏をかこうとしているのだと。
「君みたいな不安定な存在は僕にとってとても都合が良くてね。世界の穴で見かけた時から目を付けていたんだ。『使える』ってね」
「……っ!!」
拘束され、身動きがとれない私の顎をくいっと持ち上げ、笑みを浮かべる彼の瞳の澱みように私はゾッと背筋を凍らせる。
ドロドロしたヘドロよりも濃く、汚く、暗いそれは、純粋な悪意のみを抽出して溜め込んだとも思えるようなそれで。
「君の欲望と獣性、とても良いよ。独りよがりで、汚くて気持ちの悪い欲だ。だからさーー」
「やだっ!? 助けてっ、お姉さーー」
「その獣性、解放しなよ」
私はこの日、獣に堕ちた。




