二国間会議、開幕
「お手上げだね。何一つとしてまともなことが分からないときた」
リアンシ様はわざとらしいリアクションを取りながら、現状を嘆く。ピットさんからの聞き取りで分かった事と言えば、ショルシエは未だ正体不明だという点だ。
どこの誰なのか、年齢や出生地すら正確な情報は何一つとしてない。敢えて分かったことがあるとするならリアンシ様の言う通り、まともなことは何も分からないという点だ。
だからこそ、予想することも出来る。
「ここまで得体の知れないとなると、いよいよ妖精かどうかすら怪しいわね」
これだけ正体不明。そうなるならショルシエが妖精という種族かどうかすらを怪しむ必要がある。
朱莉の言う通り、私もそう考えていた。
妖精ですらない、もっと何か別の。そう、『獣』という種族があるのだとしたら、ショルシエがそれなのでは無いだろうか。
「まさか、お伽噺を信じるつもりかい?」
「太古の時代の妖精界に『獣の王』が現れたこと自体は事実である可能性の方が高いでしょう。その『獣の王』と配下達の獣が現代に蘇った。そう考えた方がむしろスッキリとします」
神話とは言え、種族間の抗争が絶えなかったという太古の時代の妖精界を一本にまとめ上げるほどの災厄。
妖精界自体がこうして3つの国を中心にまとまったことを考え、そしてその前身には初代『妖精の王』がいることも考えるとただのお伽噺ではないだろう。
脚色された部分はあるだろうけど、共通の脅威があったことは間違いない。様々な地域に同じお伽噺が伝わったということは、それが本当にあったことで、そして世界が滅ぶほどの圧倒的な脅威だった。
だからこそ伝わっているのだろうと私は考える。
「何より、ショルシエが獣の力とやらを操れるのは事実よ。私自身が体感しているわ」
「バハムートがショルシエから獣の力の影響を受けているという話でしたよね。その魔力を取り込んでいる朱莉ちゃんにも干渉出来る、そう聞きましたけど」
「『獣の力』がある以上、これらの伝承も事実だろう。そしてショルシエは恐らく妖精ではなく『獣の王』、或いはその関係者であると見ていい」
太古の時代、妖精界が滅びかけた大事件の首謀者がもう一度この世界に牙を剥いているのだとしたら、その危機の度合いは想定していたモノを遥かに超える事態になるのかも知れない。
『獣の王』の再来。伝承では確か、2柱の神の手によって力の大半を削ぎ落され、『獣の王』は追い返されたのだったかしら。
追い返しただけなのだとしたら、再びこの世界に牙を剥くのは当然とも言える。力の大半を削ぎ落されたという表現は言い換えれば致命傷に近い傷を負わされ、命からがら敗走したとも取れる。
その傷が癒えたのが今のタイミング?神話規模の戦いともなるとスケールが大き過ぎてその辺りは判然としないか。
「だとしたら人間界にまで手を出した理由が分からない」
「ショルシエや『獣の王』にとって妖精界も人間界も大差変わらないのかも知れません。行動原理はわかりませんが、人間界で私達が相対したショルシエの分身体も世界を滅茶苦茶に壊してしまうことを目的にしていたようですし」
「世界の崩壊。それ自体が目的ってことっすか……?」
リアンシ様が疑問をぶつけるけど、その疑問は隣にいた紫ちゃんに完全とは言えないけど解消される。
緊張で震えていただけの舞ちゃんもようやくほぐれて来たみたいで二日間を通して初めて口を開いた。あまり口をはさむ余地が無かったのだとは思うけどね。
「――スケールが大き過ぎて信じ難いね。だけど、そのくらいの危機だと考えた方が良いのか」
「それが可能な敵よ。私と戦った時ですら余力は残していた。なりふり構わず、その気になれば一方的に世界を壊すことなんてそう難しくはないでしょうね」
朱莉を相手にしても余裕があった。本気を出していないとかそういう話じゃなくて、戦いだけに集中しなければならない状態にまで追い詰められていないという意味だ。
こちらの最大戦力である朱莉を相手にしてなおそれなのだから、その気になれば一方的に被害を拡大させていくことは可能なハズだ。
それをしないのはやはり余裕から来るものなのか、或いはこちらの戦力による抑止が効いているからなのか。
「私の個人的な見解ですが、太古の時代の戦いについての伝承、神話について紐解いて行くことが状況を打破するためのヒントを得られると考えています」
「『獣の王』を知ることが最善手、というワケか」
「えぇ。その役割を紫ちゃんにお任せしたいと考えています。舞ちゃんには考古学者の方々からも情報を集めてもらえると」
旧ミルディース王国にはその手の文献は戦火で失われてしまっている。スフィア公国なら集めやすいハズだ。
偶然にも舞ちゃんは遺跡の発掘調査の護衛をしていて、考古学者の方々とも繋がりがある。
使えるものは使わなければ。これが、私が考える現状を打破する最善手だ。




