欲に溺れた守り人
「エルフ族が何代にも受け継いだものを捨てると言うのですか?!」
声を上げたエルフの男性の主張はごもっともだと思う。
何千年と信じて続けて来たことを、もう辞めましょうだけでハイ分かりました、で辞められたのなら何千年も続いていない。
なんのための魔力至上主義なのかはきっともう誰もわからないのだろうけど、教えは教え。変えるのは簡単じゃない。
だから里長さんはゆっくりと慎重に皆の意識を変えようとしていたのだけど……。
「誇りと矜持で命は守れたか?」
「そ、それは……」
今回の事件を受けてしのごの言っていられないと考えを変えたみたいだ。
多少強引な手段に出ても、いや今回の事件を利用してでも一気に変えてしまおうと大胆な手段を使うことを決めたのかな。
言い換えれば、腹を括ったということなんだと思う。ここを逃せばきっとエルフは滅びの道から外れないまま、緩やかに衰退していく。
そうならないためのラストチャンスかも知れない。そのためには多少の強行もいとわない。
娘のリリアナさんは優柔不断で決断力に欠けるみたいに言っていたけど、里長も決める時はズバッと決めるみたいだ。
親子なんだなぁ、と思う。隣でリベルタさんもうんうんと頷いていた。
「誰が里を守った?誰が事態を解決するために尽力してくれた?」
里長さんはそう言って私達を手招きする。エルフの人達からはじろじろと見られてちょっと居心地が悪いけど、呼ばれたからには隣に行くしかない。
「確かに最後に解決したのは私の娘のリリアナだ。だがそのリリアナですら、スバル殿とリベルタ殿の協力無くしては何も出来なかった」
「魔法が解決してくれた、ということですか?」
「そうだ。どんなに屁理屈を並べても、我々は魔法に助けられた。この事実には目を向けなければならない」
エルフだけであの状況がどうにかなっていたのか。そう問いかけられて首を縦に振る人は言い方は悪いけど、バカだと思う。
皆薄々分かっているんだ。魔力至上主義と言って、魔法を捨てた自分達の置かれた状況というものを。
外とどれだけ差があるのかってことを。
「数千年前、我々の始祖は魔力至上主義を掲げ、我々はそれを忠実に守って来た。それは誇って良いことだろう。だが、もうそれは数千年も前の出来事なのだ」
「もう、古いと言うのですか」
涙を流すおばさんエルフの言葉に里長は頷いて返す。今まで信じていたことを自分達が否定しなきゃならないっていうのは、私が想像するより辛いことみたいだ。
エルフの人達はまるでお通夜みたいな沈んだ雰囲気で、でも誰も里長さんに強く反論することなく、里長さんの言葉を待っている。
「もはや私達の中に始祖様がどうして魔力至上主義を掲げたのか、その理由すら分からない。理由すらわからない矜持を保ち続ける無意味さもさることながら、それを変えられなかったことはエルフ族全体の怠慢と言うべきだろう」
「数千年もあれば、何処かで変えられたハズだ。だが、私達は変わらなかった。不変を維持するのは難しいが、同時にそれは停滞と考える力をエルフから奪っていたように、私は思う」
里長さん言葉にリリアナさんが続けて話、エルフの人達を見渡す。
皆俯いて、鎮痛な面持ちは何だか胸が痛い。でも、これからこの人達は受け入れなきゃいけない。
だって、そうしないとエルフは里すら守れない。それを痛いほど理解させられる出来事がついさっきまで目の前にあったんだから。
もう、自分達は古代の英雄達を何人も輩出した名門一族ではない。
その現実をプライドの高いエルフの人達が受け入れるのはとても大変な事なんだろうな。
「もうエルフに里を守る力は無い。このまま行けばそう遠くない未来に滅ぶだろう。そうなる前にやり直そう。エルフの一族は魔力至上主義も、里も、一度手放す」
里を守れない、力を持たない種族が長い時間生きてこられたのは妖精界が平和だったから。
そうでなくなった今。エルフ族は種の存続の為に考えも里も捨てる必要がある。
それを強く訴えた里長さんの主張は、現実として起こった事件を目の当たりにしたエルフの人達は飲み込むしか無かった。
その光景は、最初はあんなに嫌な思いをさせられた私達にも強い衝撃をもたらす。
力で奪われるというのは、こういうことなのかと。脳裏に焼き付くくらい強烈だった。




