欲に溺れた守り人
振り下ろされた拳が地面へと突き刺さる。めくれ上がった地面が塊となって辺りに散らばって建物を壊し、道を潰していく。
「なんてことだ……」
「里が……」
悲惨と言えばいいのか、凄惨と呼べばいいのか。目の前で生まれ育った里が理不尽に蹂躙されていくのを見て父上やその周辺で懸命に里の防衛をしていたエルフ達から絶望の声が聞こえる。
ただの魔物ですら魔法を使えないエルフは真正面からでは戦えない。罠を使い、知恵と道具でどうにかしてきた。
そんな種族が目の前で緩慢に動きながらも、一挙手一投足。たったそれだけで地面を割り、木々をへし折り、家を蹴り壊すバケモノにどうやって立ち向かえると言うのか。
「あはははは!!最高よ!!さぁ!!さぁ!!このまま行けばエルフの里はお終い。それどことかエルフ自体が壊滅しかねないわよ。姿を見せなさい……!!」
「ファルベガ……っ!!」
「大将、馬鹿な真似だけはダメだぜ」
大笑いしてスバルと始祖様の魂を挑発しているのだろうファルベガ。その姿は悪の令嬢とでも表するべきか。
高笑いするサマと一国の王女か貴族の令嬢のような出で立ちはやたらと似合っていた。
挑発されたスバルはリベルタに制され、歯ぎしりをするだけに留めている。元より、魔力切れでもう戦える状態じゃない。
生身で丸腰の状態でファルベガの挑発に乗れば、姿を見せた数秒後には殺されていてもおかしくはないだろう。
「せめて、一矢報うくらいは!!」
冷静ではないのは、激情に駆られているのは決してスバルだけではない。私も同じように何かをせねばと、里と皆を守らねばとせめてもの抵抗で持っていた弓矢を引き絞る。
放った矢は当然飛びはした、当たりもした。のろまで巨大な図体を持つバケモノ相手に当たらない程下手くそではない。
「無駄よ。そんなオモチャで『巨人』のビーストメモリーから作られた堅い皮膚をどうこうするなんて出来やしないわ。ふふっ、精々そこで味わいなさい。どうすることもできない絶望というものをね」
「――っ」
だが、虚しくも矢は刺さりもせずに跳ね返され、地面へと落ちて行った。
一矢すら報えない。打開策がひとつも無い。どうしようにも、どうもしようがない。
このままではエルフの里は無くなるだろう。里に住むエルフ達の態度も考えも好きでは決してない。里そのものに嫌気が差し始めていたことも認める。
しかし、だからといって生まれ育った里が目の前で壊されようとしているのを黙って眺めていられるほど憎んでいるわけではない。
あぁ、悔しくてどうにかなりそうだ。
滲み始めた視界。どうしようもない無力感。せめて、せめて魔法があったら少しは変わったのかも知れない。
だが、それは無意味な思考だ。魔法を捨てたエルフに生まれたことを後悔するしかないというのか。
「ガアアアアアッァァァアァァッ!!」
そうしている間にも緩慢ではあるが、巨人のバケモノは歩みを進め、拳を振り下ろしながら汚い声で叫び声をあげている。
遠くには父上の家に避難していた女性や子供達、老人たちが里の若い衆に担がれて、大急ぎで里の外へと非難して行っているのが見えた。
若いエルフ達の方がよっぽど頼りになる。もっと上の大人のエルフ達は呆然と立ち尽くすばかりだ。
「始祖様……、もし本当におられるのなら、どうか。どうか力をお貸しください……!!」
私も似たようなものだ。私に出来るのはせいぜい神頼み。情けなく、他力本願に縋るしかない無力さ。そんな打ちひしがれている私の目の前を何かが通った気がした。
「やっと出て来たのね。随分と呑気なご先祖様じゃない!!」
通り過ぎた何かは形があるわけではない。ただ、何かが確かにそこにあることを感じさせる。そこに何かがいるのだ。
それがふらふらと巨人の元へと向かっていく気配だけを感じ取る。それはファルベガも同じようだった。
「さぁ、古代のエルフの戦士よ。私の血肉となりなさい!!」
空と思われるメモリーを掲げ、不敵な笑みを浮かべるファルベガ。その嫌な予感に私は背筋に寒いものを感じるのだった。




