魔法少女はじめました
近場のコンビニで適当にパンやサンドウィッチといった軽食類と飲み物を購入する
雛森さんはアイスコーヒー、俺はペットボトルのミルクティー。どうにも、昔から苦いのは苦手だ。甘いのなら幾らでもいけるのだが
「相変わらずの甘党?」
「どうにも見た目通りの子供舌でね。そういう雛森さんはよくブラックで飲めるね」
「いやぁ、徹夜で仕事なんて日もあるからさ。目を覚ますのに飲んでたらいつの間にかブラックじゃないと落ち着かなくなっちゃって」
サンドウィッチをちぎってパッシオに食べさせながら、俺達は取り留めのない話を続ける
主に学生の頃はこうだったね、と言う話と今の仕事の愚痴だ。昔みたいにバカ話で盛り上がるって内容じゃなくなったのも、お互い社会に揉まれた、という事なのだろうか
「高校時代の演劇が、やっぱり一番楽しかったなぁ。他の皆も元気にしてるかな?」
「さぁ、俺は一度海外に行ってから疎遠になっちゃったしな。ただ、3年間ずっと俺の役が子役か女役だったのは、今でもちょっと根に持ってる」
「あははは、役決めの時いつも揉めてたもんね」
ホント、あの当時の仲間たちは先輩後輩同期関係なく、俺を子役か女役に黙って抜擢するもんだから、その度に俺が猛抗議して騒がしくしていた
結局、一度大人役をやって見て、その様子を撮影したビデオを見て、全く大人役を熟せていない事を見せつけられてからは、渋々受け入れるようになってはいたが
「雛森さんは、今の仕事なんなの?結構ブラックな感じだけどさ」
「あー、国家公務員、かな。詳しいことは守秘義務って奴で教えられないんだよねぇ」
「成る程。そりゃ大変だ」
国家公務員と言えば国が認めたブラック企業だ。法務省で法律の立案ともなれば、数ヶ月家に帰れないことはザラだとか
そんなところに勤めているなら、振替で取った休日にも呼び出されるのも納得だ。守秘義務ともなると、役職も持って、部下もいるのかも知れない
根無し草の俺とは大違いだ
「小野君は、なんで前の仕事辞めちゃったの?確か、『果ての無い医師団』に在籍してたんだよね?看護師として、助けられる人を助けたいって言ってたのに」
「あぁ、んー……」
『果ての無き医師団』とはありとあらゆる国から集まった医療集団だ。その目的は紛争地域、或いは自然災害などで困窮した地域など、まともな医療設備の無い、まともな医師もいない国や地域で、怪我や病気に苦しむ人たちを、少しでも救おう。そういう人達で結成された、国際的にも有名な組織
俺は、そこに若手の敏腕看護師として所属していた。そして、去年辞めた
夢を叶え、尚も邁進していた俺が、その職を辞して、こうして国に戻っていたことが驚きだったんだろう
女性は敏い。既に、彼女は俺に何かがあった事なんて少なからずお見通しの様だった
「ちょっと、ね。仕事がきつくて、とか人間関係とかじゃないんだ。俺の、心の問題」
ただ、それをおいそれと話そうとは、悪いけど思えなかった。話すような内容でもない
ただ、何もできなかった。それだけなのだから
「……そっか。何かあったら、言ってね。私、そういう話を聞くのも仕事だから」
「守秘義務じゃなかったの?」
「ふふ、だから内緒だよ?じゃあ、私そろそろ帰るね小野君、それと」
「パッシオって名前だよ」
「へぇ、カッコいいね。じゃあパッシオ君、小野君の言う事は聞くんだよ」
「きゅい」
可愛らしく鳴いて見せたパッシオに、頬を綻ばせた雛森さんはよいしょっとベンチから腰を上げるとバイバイと手を振りながら、駅の方へと足を進めて行き、その内雑踏に紛れて見えなくなった
それを見届けた俺らも、食べ終えた包装などを片付けて、近場のゴミ箱へと押し込む
「……君も、色々とあったんだね」
「みなまで語るなよ。似た者同士だった、ってだけの話さ」
全てを語らずとも、肩に乗る相棒は俺が何を体験したのかを察したらしい
その辺りは、似たような事を感じ、経験した俺らだから感じ取れた、無言のコミュニケーション、と言うやつだろう
だからこそ、多くは語らない。語らせない
俺達は、少しでも救うんだ