エルフの里
「ちちっ!!」
「うわぁっ?!」
ちょろちょろっと姿を現したのは手のひらに乗るくらいの小さな魔物だ。
よく里の食料を食い荒らす害獣にも似ている姿だが、毛並みが綺麗だ。一目で誰かに飼われている個体だというのが分かる。
「チナちゃんだよ。私達と一緒に旅をしてるの」
「こんな小さな魔物がか?」
「案外役に立つもんだぜ。それにもう1人いるしな」
もう1人?と言われても、どう見ても1匹しか見当たらない。
何処だと小さな魔物を恐る恐る持ち上げてみるが、やはり誰もいない。小人がいるわけではないらしい。
【こんにちは、エルフのお嬢さん】
「うおぁぁっ?!?!」
「ちーっ?!」
「チナちゃーん?!」
じろじろと小さな魔物を眺めていると突然魔物から男性の声が聞こえて来て、驚いた私は咄嗟に魔物を投げてしまった。
魔物とスバルの悲鳴を聞きつつ、驚きでバクバクと鳴る心臓の音がうるさい。
なんだなんだ。一体誰が何処にいるんだ。
「驚き過ぎだろ」
「誰だって驚くだろこんなの?!」
1人冷静なリベルタの言い分に反論しながら、大きく息を吐いて呼吸を落ち着かせる。
驚くのは仕方ないとして、仲間だという魔物を投げたのは良くなかったな。そこは反省しよう。驚くなというのは無理だ。
【ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなかったよ】
「は、はぁ……?」
スバルが魔物を抱えて戻って来る。私の顔を見るなり、スバルの首の後ろに隠れてしまった。
よく見ると可愛い風貌で、そんな生き物に嫌われてしまったことにショックを受けつつ、魔物から聞こえて来る男性の声に一応の返事はする。
ただ、何が何だかはさっぱりだ。この魔物以外の仲間だと言うのだから、姿が無いのは恐ろしくも感じる。
【おっと、状況を説明しないとね。私はピット、スバル君からはピットお爺ちゃんと呼ばれているよ。彼女の保護者みたいなものだと思ってもらって構わないよ】
「び、ピット殿で良いだろうか?」
【好きに呼んで良いよ。そして今君の目の前にいるのはチナ。私の可愛い助手さ】
「ちちちっ!!」
声の主はピット。この小さな魔物はチナ、というらしい。
らしいが、チナからピット殿の声がする理由が分からない。チナの中にピット殿がいるということなのだろうか……?
尽きない疑問に首が回って取れそうだ。私の狭い見聞では、何がどうなっているのか想像すら難しい。
「チナちゃんの首輪があるでしょ?声はここから聞こえるの」
【私はとある事情で身動きが取れなくてね。代わりにチナを介して会話をしている、というわけさ】
「……???」
ダメだ、わからん。確かに首輪から声が聞こえるが、どうやってこんな小さな物から音が出てるんだ。
首輪の中にピット殿がいる、わけではないのだろう?
「全然わかんねぇって顔だな」
「えっとね、遠くにいる人とお話しする技術だよ。1日30分くらいが限界なんだけどね」
【動力もそうだけど、小さな物で出力を出すのが大変でね。使い過ぎると壊れちゃうかも知れないんだよ」
「お、おぉ……? つまりなんだ、ピット殿は全く違う、離れた場所から私達と会話しているということか?」
聞くと全員が頷いて返して来る。す、凄いな。魔法はそんなに発展しているのか。
私が知る限りでは、そういう連絡手段は魔法には向いてないとかだったと思うのだが……。
やはり外界と私達エルフではまるで文明レベルが違う。外にいる他種族や、里を出たエルフ達は豊かな暮らしをしているのだろうな。
【理解が早くて助かるよ。流石は森の賢者と言われる種族だ】
「よしてくれ、最早我々は賢者などというほど聡明ではない」
【ふふっ、エルフは相変わらず謙遜をするね。僕の部下にも何人かいたけど、皆謙虚で勤勉だったよ」
それは里を出た一部のエルフ達のことだ。里に残った古い慣習に縛られるエルフはそうでもない。
と、喉元までそんな言葉が出かけたが、飲み込む。そんなことをピット殿に言っても仕方がないしな。
【さて、私とチナなんだけど簡単に言えばスバル君とリベルタ君がエルフ族に捕まる前に逃してもらってね。様子を伺いながら色々情報を集めていたんだ】
ファインプレーだったよ、スバル君。とピット殿はスバルを褒め、それを聞いて彼女はにへらっと笑っていた。
何かと運が良いと言うか、咄嗟の機転に関しては天性の才能なのだろうなスバルは。
感心しつつ、ピット殿の話に耳を傾けよう。情報収集をしていたというが、果たしてどんなことをしていたのだろうか。
 




