帝国の策
妖精界の昼夜は一瞬にして逆転する。先ほどまでさんさんと輝いていた太陽は闇夜に怪しく輝く月となって、妖精界の夜空を淡く照らしていた。
その中帝王レクスはグリフォンに跨り、その手綱を操りながら考え込んでいた。
表情は至って無。何を考えているのかを。いや、思慮を深めていることさえも周囲に悟らせない自らをコントロールする術は、王として弱みや情報を相手に与えない手段として、幼い頃から叩きこまれた習慣なのだろう。
「展開していたグリフォン部隊の撤収、全て完了いたしました」
同じくグリフォンに跨っていた兵の1人が近付いて来て、公国に展開していたグリフォン隊と呼ばれる帝国の精鋭部隊の撤収が無事に完了したことを伝える。
つつがなく行われたそれにより、グリフォン隊に損耗は殆ど無く何の憂いも無く、帝国本土への帰路につけることは彼らに兵士にとって幸運なことだ。
「ご苦労。これで公国はしばらく防衛に注力し、旧王国のレジスタンスとの連携を深めるほどの余裕はなくなるだろう」
労いの言葉をかけ、この任務の目的は無事に完遂されたのだということを伝える帝王レクスであったが、兵の顔は浮かないものだ。
それを見て、無言のジェスチャーで喋って見ろと兵士に伝えると彼は恐る恐るその口を開き、自分の意思を伝える。
「……無礼を承知で申し上げます。あのまま攻め入ることも十分に可能であったのではないでしょうか? 開発した爆破魔法であれば、あのまま樹王種を焼くことも――」
「それは考えが甘いというものだ」
もっと攻め立て、公国に大きな損害を与えることが出来たのではないだろうか。兵士の主張はもっともなもので、今回、遠路はるばるやって来たのに彼らがしたことと言えば、新開発した落下式の爆破魔法を数十発ほど樹王種目掛けて落としただけ。
それらは大きな成果を上げることなく、ほぼ不発で終わってしまっている。魔法であるから、物理的な制約はなく、落とそうと思えばもっと落とせたのだが、帝王レクスはそれを止めていた。
兵士にとって、戦果は武勲だ。公国に大きな損害を与えたはずの作戦がイマイチの結果だったことは幾ら帝王レクスそのものが同伴していたとは言え、部隊や個人の沽券にも関わって来る。
もっと大きな、成果らしい成果を上げられたのではないかという兵士の意見だったが、レクスはそれを切り捨てた。
「あと10分あの場に留まっていれば、ハチの巣にされていたのは我々だっただろう。地上からは相当数の兵が魔法でこちらを狙っていた。樹王種の枝に隠れてな」
「……っ!!」
「初撃での成果は確かに予定していたものとは大きく違った。それは認めよう。あの紫の少女。アメティアという魔法少女に樹王種を守られた時点で私達の最初の作戦は失敗だ」
「し、しかしそれでは!!」
任務は失敗ではないですか、という言葉はレクスが指と首を振って否定することで飲み込まれる。
兵士からすればそれは間違いなく失敗なのだが、王たるレクスにはそれとは違う景色が見えているようだった。
「さっきもいっただろう。これで公国は防衛にその力を割かざるを得なくなったと。我々にとって最も脅威なのは、公国とレジスタンスが今まで以上に協力関係を深めることだ。万全の防備である公国がレジスタンスをバックアップすることは、ただでさえ急速に立て直し始めている旧王国領の力を強めることとなる」
「今回の攻撃により、公国はその余裕がなくなる、と?」
「そうだ。いつでも攻撃できることを示すことは攻め入られないことを想定していた公国にとっては想定外の事態だ。実際、今までは我が帝国の兵力を以てしても公国に攻め入る手段が存在していなかった」
国土の防衛とは幾つものパターンを想定し、そこから防衛のための作戦や手段を用意することになる。
樹王種の根という高い感知能力を持った監視システムを持ち、普通であれば飛んで超えることも難しいコウテン山脈の峰。
これらに守られた公国は、前提条件として帝国は陸路で進軍して来ることを想定しており、それに関して万全の備えをしていた。
兵力に勝るはずの帝国が公国に攻め入ることが出来なかったのがその証明。それを帝国はグリフォン隊と呼ばれる新設部隊と新しい魔法によって攻略したのだ。
この衝撃は公国にとって非常に大きなものとなっていく。




