帝国の策
殴られ、グリフォンから落ちるかと思いきや体幹だけで身体をねじ起こすと、帝王レクスは剣を左手に持ち替え、リアンシ目掛けて拳を振り抜く。
身体を仰け反らせるだけで済んだ帝王レクスに対して、リアンシは面白いくらいに吹き飛ばされた。
身体の鍛え方が違い過ぎる。まるで大人と子供の力の差のような圧倒的なそれを受けて落ちて行くリアンシを咄嗟に追いかけ、何とか空中で受け止める。
「大丈夫ですか?!」
「……っう。あのクソ兄。馬鹿力で思いっきり殴りやがって」
心配して覗き込むと、頬を真っ赤に腫れ上がらせている姿が見えた。悪態こそついていますが、大した怪我では無さそうです。
心配されているというのに、真っ先に出て来る言葉が悪態な辺りがらしさがありますね。殴られた程度ではまだまだ元気という事ですか。
「情けないとは思わないのか?王であり、男でありながら、ヘラヘラと女々しく立ち回って。少しは困難に自分からぶつかる気概は無いのか」
「――お前にっ!!」
「俺が言う資格は確かに無いさ。無いが、逃げてばかりのお前は俺以下だ」
帝王レクスの言葉はやはり説教じみていました。
分からず屋の年下を正論で諭す兄のように、有無を言わさぬ物言いと態度。
それに反発するリアンシはそう言った印象を受ければ受けるほど、反抗期の子供のような反応を示している。
姉のように慕っていた人を、兄のように慕っていた人が殺したのだとしたら、リアンシの気持ちは痛いほど分かる。
そんなことになったら、それをもし碧ちゃんがやったと考えたら、胸が痛くなる。
そんなことは到底理解したくない、納得したくない。
投げ出して、逃げ出したい。でも、リアンシは立場上それをするわけにはいかない。
だってリアンシは公国の領主だから。
プリムラさんがショルシエによるクーデターで妖精界から姿を消した時、リアンシは領主では無かったかも知れない。
でも領主になる以外の選択肢はきっと無かった。
そんなリアンシが取った行動が、現状の先延ばしだとしたら、帝王レクスが言っていることにも一応の納得は出来る。
何故、敵であるハズの帝国の王がそんなことをするのかは謎のままですけどね。
「……っ!!」
何も言い返せないリアンシは悔しそうな顔をしながら、私に身体を預けて項垂れるだけです。
あのリアンシが、口喧嘩で何も言い返せずに黙るなんて。
それだけ帝王レクスの言葉は的を射ているという証拠なのかも知れません。
私からは、かけてあげられる言葉が無い。きっと、私も同じことをする。
もし、そんなことがあったら私は前を見ることを止めていた。
そんな私から、重責と葛藤に耐え続けているリアンシにかける言葉が見つかるわけもありませんでした。
「ふんっ、返す言葉も無いか。ならよく聞け」
黙ってしまったリアンシに、帝王レクスは心底つまらなさそうに鼻を鳴らし、グリフォンの上で腕を組むと、私達に。
いえ、リアンシに言い聞かせるように声を張り上げて伝えて来ました。
「このまま惚れた女に守られている愚弟になり下がるというのなら、俺はこのまま公国を征服しよう」
「ふざけんーー」
「ふざけているのはお前だ。全く、愚弟の情けない姿を見ているのは癪に障る。今日は見逃してやろう。次は無いことを覚えておけ」
極めて一方的に話を打ち切ると、帝王レクスは部下を連れ、高速で飛び立ち撤退して行きました。
それを忌々しそうに眺め、舌打ちをしながら腕の中で項垂れるリアンシと。
「え、惚れた女? 弟? え?」
突然与えられた別の情報にパンクしそうな私が間違いなくそこにいました。




