帝国の策
「あの、ユカリ様……」
「なんですか?」
帝国からの宣戦布告を受け、軍の会議が始まってから一定の時間が経った頃。私は公国の探知ネットワーク、樹王種の根を管理運用する『公国安全管理室』と呼ばれている部屋へと来ていた。
ここは樹王種の根を用いて行われている公国の探知システムの管理、保全、運用、そしてその監視を一括して請け負う、公国の安全を一身に背負う超エリート集団が集まる場所。
公国の要と言って申し分ないだろうこの場所で、私は職員たちに交じって監視体制の強化と帝国の動きについて最新の情報を収集していた。
「領主様から、お止めになられているのでは……?」
「言われたからと言って、やるかやらないかは私が決めることです。
宣戦布告とそれに伴う戦争の準備や戦争そのものに参加するな、とリアンシに言われて、ハイ分りました、と大人しく言うことを聞いてやるつもりは欠片も無い。
むしろ言うことを聞いて、黙っているとでも思っているのだろうか。生憎、私達魔法少女の殆どがあんな言い方をされたら反発するだろう。
子供っぽいとかそういう次元の話ではなく、やれること、出来ること、やるべきことを一方的に否定して来たことに関して、そういう圧力や一方的な物言いに基本的に気の強い魔法少女という職に就いている人達は黙っていられない事の方が多い。
ただそれだけだ。そもそもにリアンシの言い方に問題があると私は考えます。
「……喧嘩をなされる時は退室をお願いしますよ」
「そのあたりは弁えているつもりです」
リアンシとの間に起きたトラブルに関しては既に役人たちの間で話題になっているらしく、どうして私がここにいるのか、管理室の役人さん達は困惑、というか溜め息というか。そんな対応をして来ましたが、別に邪魔をしなければ問題ないという対応で落ち着いたようです。
まぁ、猫の手も借りたいというのが本音なのでしょう。実際、普段はもう少しゆっくりとしていたハズですが、戦時となった今では職員がひっきりなしに動き回っています。
主に根から受け取った信号の解析速度を上げ、素早い対応をするためですが、私はその中で根には注目せず。根の範囲外。
ギリギリ公国領内のコウテン山脈に麓。あるいは帝国側のコウテン山脈の向こう側を注視していました。
主にこの巨大な樹王種の上から魔法で撮影された映像をリアルタイムで監視している。根の感知ネットワークからすると随分古典的な観測の方です。
「……」
公国の安全の要、樹王種の感知ネットワークではなく、何故私がこちらを注視しているかと言えば、ズバリ奇襲を仕掛けるのならネットワークの外からだと考えているからです。
根の感知ネットワークは非常に優秀です。ほぼ公国の全土に張り巡らされたそれは魔法の発動を中心に、知ろうと思えばよりたくさんのことを知ることが出来る超高感度なセンサーです。
これを中心に防衛するのは公国の基本中の基本であり、これがあるからこそ、公国の中心地にショルシエの息の掛かった存在が入り込めていない事実があります。
残念ながら、舞ちゃんとマロン君が駐留する轟きの遺跡がある場所は公国の中でも僻地であるためネットワークの感知外ですが、現在その地域まで根のネットワークを延長させようという計画が実行中です。
手間はかかりますが、一応そういう事も出来るそうで現在担当者が工事計画を練っているところではあります。
「何か気になる事でも?」
「いえ、私ならこうする。という帝国側に立ってみた時の作戦を仮定しているだけです。杞憂ですむならそれで良いな、と」
ともかく、これらのネットワークは人間界でも類を見ないレベルで優秀と言えるでしょう。だからこそ、それに頼りきりになっているとも言えますし、帝国はそれを理解し、外からやって来る可能性を考えています。
例えるならそう、人間界にあるような、遠方から標的目掛けて放たれる超長距離ミサイルのような。
そんな魔法がもし、帝国にあった場合。公国は大混乱に陥る可能性を私は懸念していました。




