怠惰な領主
「……」
帝国からの宣戦布告を受けて、すぐさま開かれた軍を中心とした会議で僕はシンプルに苛立っていた。
原因は一つ。ズワルド帝国の帝王、レクスからの書簡。もとい超個人的な手紙の内容のせいだ。
「……リアンシ様。まずは本土防衛。必要であれば帝国への進軍も視野に入れるべきかと思いますが」
「妥当なところだね。ただし、今回のこれは今までの小競り合いとはワケが違う。宣戦布告ということは全面戦争という選択をとったという事だ」
帝国と公国は旧王国が滅んで以来、過去最悪な関係になっていると言って過言では無い。
国境付近や旧王国領に近いところで何回も小競り合いをして来ていて、追い返したり撤退を余儀なくされたりと、勝敗は五分と言ったところか。
それでも、あったのは小競り合いだ。大国同士が真正面から本気の戦争をした事は妖精界の長い歴史の中で一度も無いと言えるだろう。
かつて旧王国領内に帝国が進軍したのも、王国が『災厄の魔女』が引き起こしたクーデターによって大混乱に陥っている最中に起こしたもの。
戦争というほど武力衝突を起こさないまま、一方的に旧王国は滅ぼされた。あれは戦争というよりは、侵攻によってトドメを刺したと表現した方が正しい。
「軍事力に勝る帝国の本気を舐めてかかると痛い目に遭うのはこちらだというのを肝に銘じておいてほしい。一般市民が帝国の攻撃に晒されないことを大前提にしよう」
「了解いたしました」
帝国は力を是とした国家思想を持つ国だ。それは本来、守るためには力を持つ必要がある、という至極真っ当なものだったはずだが、旧王国に侵攻という愚行を犯して以来、その思想は内側ではなく外側に向けられるようになってしまった。
先代帝王も、今代の帝王レクスもそんなことをするような者では無い。どちらかと言えば心優しい人物だったはずなのに……。
そこまで思考してからその幻想は既に打ち破られているのだと首を振る。どんなに僕が彼らを昔からよく知っていたのだとしても、その彼らがこうして周囲の国に戦火をまき散らしているのは事実。
何より、プリムラ姉さんを喪った原因の一つに帝王レクスが関わっているとあれば、僕の心はまた荒んで行く。
「……おい、ユカリ様はどうした?」
「領主様が締め出されてしまったらしい」
「大事なものは蓋をした上に鍵をかけるタイプですからなぁ」
「そこ、国家の行く末を決める大事な会議で無駄口とは良い度胸だな」
またピリピリとした雰囲気を感じ取ったのか、出席している役人がこそこそとお喋りとしているのに釘を刺す。
誰が大事な物に蓋をして鍵をかけるタイプだって?というかそんなの当たり前だと思うけど?大事なものなんだから。
「し、失礼いたしました」
「次に余計なことを言ったら減俸だ」
無駄口を叩いた2人以外の役人たちにも、変なことを言ったら減俸というデメリットをぶら下げて黙らせる。
別にここにユカリを呼ぶ必要は無い。あの子は僕の客人であって、公国の者では無いんだから。今まで協力関係にあったことと、戦争に巻き込むことは別だ。
それに、あの手紙のこともある。
手紙の内容を思い出して、またイライラが加速する。ホント、昔っから人を小ばかにしてからかうのが得意だったレクス兄さんらしいやり方だよ。
なにが『いつまでプリムラ姉さんがいなくなって拗ねているつもりだ』だ。そのプリムラ姉が妖精界からいなくなってしまった原因の間接的な要因は帝国にあるんじゃないのか?
『そのまま赤子のようにぐずっているのなら、お前の大事なものがまた失われるかも知れないぞ。いい加減自分で動け』なんて言うのは脅しと挑発のつもりかい?
あぁ、上等じゃないか。やってやるよ。大事なものも守って、国も守って、民も守って、アンタの目を覚まさせてやる。
いつまでも、仲良しだった昔のよしみで何もしないと思うなよ。
 




