星の巫女
「それを仮にしてアンタに何の得があって、私達になんの得があるのよ」
怪しい、と未だ警戒心を隠さないピケ。私とスタンは話の規模の大きさを何となく察して、絶句するしかない。
この人の言っていることがもし本当なら、この人には視えているのだ。
この先の未来というものが。
【得どころではない。世界が滅亡するのを止められるやも知れぬ】
「はぁ?世界の滅亡ってそんなの−−」
「ピケ、少し静かに。……古き獣、ですか?」
世界の滅亡なんてそんなの有り得ない。一般人的に考えれば、そんなことが起きるなんて考えつかないし、起こるだなんて思いもしない。
でも、私達には心当たりがある。
ユニヴェル教授の言っていた預言に出て来た古き獣という存在だ。
狂った剣が鏡を割り、玉に迫る。私達はこれを帝国が王国を滅ぼしたことだと解釈しているけど、その後に古き獣がその様子を愉しんでいるという内容だった。
穿った見方にはなるけど、3国の争い。特に狂った剣と表現された帝国が、古き獣によって狂わされた。
そうだとすると現実としても辻褄の合う部分が多く出て来る。
スタンの兄、帝国の君主である帝王レクスはスタン曰く優しい人だったらしい。
それが人が変わったように王国を滅ぼし、他国に圧力をかけ続けている様子は狂ったとも言って良いだろう。
そして、その裏にチラつく影は私達と因縁の深いあの魔女。
【如何にも。我らの時代において破滅を振り撒いたあの獣は、未だ虎視眈々と世界そのものを喰らい、壊そうとしている】
「神話は、創り話ではなかったと」
【うむ。多少の脚色や間違いがあるものの、獣の存在は間違いなく事実である。古き獣とは、獣の王。今はその分け身が−−】
話が核心に迫ろうかというその瞬間。アステラの声にノイズが掛かったように聞き取れなくなる。
突然の出来事に私達は動揺するけど、アステラは舌打ちをして限界か、とだけ呟いた。
【済まぬ、思ったより時間が確保出来んかった。全てを伝える事は難しい。これからも星の預言として伝える努力はするか−−】
また声にノイズがかかり、最後の方が聞き取れなくなる。
アステラの様子だと、こうして私達と直接やり取りをする手段そのものが強引な手段なのかも知れない。
それからもいくつか喋っている様子だけど、聞き取れる事はほとんどなかった。
【綺羅星−。手−像−−】
何とか聞き取れる内容から推察して、私はアステラを模った像に手を触れる。
そうするとアステラの像が光輝き、光のオーラの様な物が私を包み込む。
誰かの魔力、そして力なのを私は察して何も言わずに、抵抗する事なくそれを受け取る。
【わが−−−、託−たぞ。未来を視−−−ちからで、−うか、世界−救−−】
途切れ途切れの言葉が聞こえて、やがて光も声も消えてしまう。
あれだけ鮮明に聞こえたアステラを名乗る女性の声は聞こえずに、しんと静まり返った神殿の妙に澄んだ空気だけが取り残された。
「……なんなのよ。訳がわからないわ」
「そうだね。ただ確かなのは、彼女は何かを残すために世界のルールにすら背こうとしたってところかな」
死者は生者と言葉を交わせない。遺したものや言葉が先人の知恵となることもあるし、妖精界では預言や力を得るキッカケになるけど、それまでだ。
それ以上はあり得ない。あり得てはいけない。
そのルールを破ってでも何かを託そうと数千年のもの時間を待ち続けたのだとしたら、彼女は間違いなく本物なのだと思う。
英雄とまで呼ばれる人でなければ、とっくの昔に耐え切れずに消えて無くなってしまっているだろうから。
彼女だけに視えていた何かを、私は託されたのだろう。
「未来を視る、か……」
両手の甲に刻まれた、銀に輝く星の紋様。それが腕へとの伸びて、私の眼まで繋がっている。
未来を視る眼。それを手にした実感は正直ないけど、何か新しい力を手にしたことを理解出来ている自分もいる。
「出よう。ここにはもう誰もいない」
「……そうだね。とりあえず出ようか」
「アンタ達がそれで良いなら、私は特に言うこと無し」
そうして、私達はその場を後にする。古代の英雄、『アステラ』の像はそれを静かに見守っていたような気がした。
 




