女学生失踪事件
両開きの扉を押して開くと、中は立派なトレーニング施設が顔を覗かせる。右手にはランニングマシーンなどの機器が並び、左手には鏡を張った広いスペースがある。
「お待ちしておりました。千草様、墨亜様、真白様」
「あぁ、爺、今日もよろしく頼む」
中で待っていたのは白髪をオールバックに整えたダンディズムに溢れる渋カッコイイオジサマだ。そう、オジサマ、歳は60ほどに見える男性だ。
「ぴっ?!」
「真白お姉ちゃん、爺は怖い人じゃないから大丈夫だよ」
油断していた中で現れた突然の男性の姿に、俺は思わずその場で飛び上がって大急ぎで千草の後ろに隠れる。
墨亜ちゃんに教えられた通り、男性自体は優しそうな雰囲気を出しているお爺ちゃんという感じだ。頭ではわかっているのだけど、身体の咄嗟の反応なのでやはりしばらくこういった反応はしてしまいそうだ。
「すまないな真白、少し怖いかもしれないがお義父様以外の男性にもゆっくり慣れてもらおうと思ってな。少しずつだ、慣れていこう」
「う、うん」
ビビる俺を背中を押しながら隣に立たせた千草にしがみ付きながら、俺は改めて白髪が似合うお爺さんに視線を向ける。
ニッコリと笑って一礼する様子は、流れるように綺麗だ。それを見て、ピンと来た。
多分この人は、玄太郎さんと一緒に一時的に屋敷から離れた、男性使用人の方だ。
ただし、アニメや漫画で見るような、所謂燕尾服や執事服は着ていない。ラインが入った黒のスラックスに、半袖のYシャツ、赤のタイをして、腰のポケットに白の手袋が窺えるくらいだ。
執事というより、綺麗好きなサラリーマンと言われた方がしっくりとは来ると思う。
「そんなに見つめられては照れてしまいますな」
「えっ、あっ、すみません……」
ジッと表情や服装を観察し過ぎていたのをそれとなく諭されて、俺はしまったと思いつつ、見つめ続けると言う行為に少しの恥ずかしさを感じて、視線を逸らす。
ジロジロと眺めるのは、確かにマナー違反だ。気を付けないと。
「墨亜様とはまた違った可愛らしさですね。申し遅れました、わたくしは十三と申します。玄太郎様のサポートを中心に、この屋敷の管理を任せられている執事でございますね。千草様のトレーニングの管理監督も任せられております」
何卒、よろしくお願いします。と頭を下げた十三さんの動きは、美弥子さんと同じく、流れるように綺麗だ。
屋敷自体の管理も任されている、という事で恐らくは美弥子さん達使用人の総括も任されている人なんだと思う。
ただ、見た目はネクタイじゃなくてリボンタイをしているサラリーマンだ。
見た目の雰囲気と相まって、バリバリのベテラン営業マンの第一印象が薄れない。
「執事っぽくないだろう?実は接客なんかの屋敷の中の仕事のメイドと違って、執事はデスクワークや外回りの仕事が多くてな、アニメや漫画みたいな凝った服装は実際はあまりしないらしいぞ?」
「左様でございますね。私は玄太郎様とご一緒する事も多いですから、裕福な人だとバレないようにとの、防犯の意味もございます」
2人の説明を受けて、十三さんの服装がサラリーマンじみている事に納得する。
確かにお金持ちがお金持ちらしい服装で外を歩き回っていたら、良からぬ物を引き寄せてしまいそうだ。
実利と防犯、2つの意味でのスーツ姿という訳だ。
いやでも、トレーニングの管理監督をするなら、着替えた方が良いような気もするけど、そこは考えたら負けなのだろうか。
「ではでは、早速始めましょうか。まずは身体のストレッチから始めましょう。その後、墨亜様と真白様の2人はどのくらい身体を動かせるのか、テストさせていただきますね」
「はーい」
「わかりました」
自己紹介もほどほどに、俺たちは十三さん指導の下、トレーニング前のストレッチから始めた。




