女学生失踪事件
翌日、学校を終えて帰ってきた俺たちは、部屋に用意された運動用の伸縮性の良い素材の衣服に着替えて、千草の先導の下、諸星家の邸宅をずんずんと歩いていた。
「千草、外でやるんじゃないの?」
「外は今の時期でもほぼ真夏だからな。熱中症になったら本末転倒だし、小さいけど屋内のトレーニングルームがあるから、そこでな」
「走るやつとか、持ち上げるやつとかいっぱいあるよー。あと鏡がいっぱい!!」
「……流石は諸星」
やはりお金持ちはこっちの予想なんて軽く超えてくる。なんたって現在の世界億万長者番付で5本の指に入る諸星グループのトップ。その弟の玄太郎さんが家主を務めているのだ。
並の金持ちとは格が違う。
「それと、トレーニングには一応だがトレーナーがつく。その道で生計を立てている訳ではないが、知識と経験はちゃんとあるから安心してほしい」
「相変わらず至れり尽くせりね」
あまりにも充実しすぎていて、ホント離れられなくなりそうだ。設備もそうだけど、何より人が充実している。
居心地が良すぎて、いざここを離れるとなった時、俺はその決断を出来るのか不安になってくる。ただ、もしここに居続けるなら、少なくとも俺の素性は明かさないといけないだろう。
いつまでもどこの誰かもわからない、根無し草を名乗っているには限界がある。この甘美なまでの居心地の良さを享受し続けるには、ちゃんと向き合わなくちゃいけない現実。
でも、そちらもまたひと際の覚悟が必要なものだ。何せ、今まで騙していたようなものなのだから。言うに言えない事情があるとはいえ、俺が男で、歳もそれなりに生きてきた26と知ったら、どういう反応をされるのか。
想像するだけで、怖い。
離れるのも、嫌だと感じている自分がいる。ずっとここにいたいと、そう思っている自分がいるんだ。
すべてを明かすのは怖くて言い出せない。ここから離れるのは嫌だ。
離れるか、明かすか。きっと、そんな遠くないうちに、この選択をしなくちゃいけない時が必ず来る。ホントはそんな選択をする直前に、腹の内を決めておかなきゃならない。
でも、決めきれない。そんな優柔不断な考えが思わずよぎって、俺は唇をキュッと噛んで俯いた。
「……真白お姉ちゃん?」
「なぁに?」
「ううん。何でもない。早くいこ」
こういう時、機敏に反応するのは子供の墨亜だ。子供はこういう微妙な変化には大人が思っている以上に敏い。これはどこの国に行っても同じだったなぁ。
「そうね。じゃあ案内してくれる?」
「こっち!!」
数年前まで、世界中を飛び回っていた看護師時代の記憶をうっすら脳裏に浮かべながら、俺は墨亜にトレーニングルームまでの案内を頼む。墨亜はそれに意気揚々と応えて、廊下を駆け足で進んでいく。
俺も同じように駆け足で追いかけて、半ば追いかけっこが始まった。
「おい、廊下は走るな」
後ろから千草の注意する声が聞こえてくるけど、もうそんなの関係なしに俺と墨亜は廊下を駆けて行って
「墨亜様、真白様。元気なのは大変いいことですが、廊下は走ってはいけませんと、それはそれは何度もお教えいたしましたよね?」
「「ひぇっ」」
曲がり角の先で何故か待ち構えていた美弥子さんに二人揃って捕まることになった。逆光で表情が見えないのが怖さを助長している。ごめんなさい、調子乗りました許してください。
「言わんこっちゃない」
千草のあきれる声を後ろで聞きながら、俺と墨亜はトレーニング後、美弥子さんにこってり絞られることを約束されて、トボトボと重い足取りでトレーニングルームへ向かった。
「あの離れがトレーニングルームだ。普段は締まっているから、使いたいときは美弥子たちに言えばカギを開けてくれる」
やって来たのは諸星家の裏手、そこから伸びる渡り廊下の先にある屋敷と比べればこぢんまりとした平屋の建物が、普段千草がトレーニングをしている場所らしい。
こぢんまりと言っても普通に大きめの一軒家クラスの規模がある。あれをこぢんまりと表現する辺り、俺も少し感覚がずれてきたのかもしれない
お待たせしました。新規PC環境の立ち上げが無事終了したので、投稿を再開いたします。
いやいや、9年前の骨董品PCとは何もかもが違いますね。ストレスなく操作できるのは最高ですよ。頑張って自作した甲斐がありました。
次はノートパソコンと新しいスマホを買わないと……。ノートパソコンは出先で書きたいときに使いたいですし、スマホはスマホでこっちも骨董品なので……。
そんな感じで、これからもよろしくお願いします。