女学生失踪事件
恐る恐る、差し出された手を取る。大丈夫、大丈夫。怖くない。
そう自分に言い聞かせながら、震えそうになる身体を押さえつけて自分の手よりも大きく武骨な手に触れる。
最初は指先でつつくように、それで大丈夫なら手の平を乗せて見る。それで大丈夫なら手を握ってみる。緊張はしてる、でも大丈夫。この人は、そんな人じゃない。
そう思考を反復させながら、担当医の新田先生に言われた通りの順番で触って行く。大丈夫、怖くない。大丈夫。
そうやって、手に振れ、最後に顔を上げて俺を見下ろしている視線に視線をぶつける。緊張してはいるけど、それ以上は無い。あの時の光景が強烈に浮かび上がってくることは無かった。
「だ、大丈夫です……!!」
緊張してからからになっている喉から、声を絞り出すと、固唾を飲んで見守っていた千草や光さん、美弥子さん、新田女医、それに諸星家に仕えるメイドさん達がワッと声を上げて喜びの声を上げた。
よく分かっていない墨亜も、一緒になって喜んでいるのが微笑ましい。
「キュイ!!キュイ!!」
「えへへ、パッシオもありがとう」
足元でグルグル回っているパッシオを抱えてお礼を言う。コイツには一番迷惑をかけたからな。
歓喜に沸き上がる周囲と、ホッと胸を撫でおろした俺は改めて俺のASD(急性ストレス障害)の療養のために尽力してくれた諸星家の人達に視線を向ける。
この人たちがいなかったらきっと俺は今でも自宅のアパートに引き籠っている事だろう。きっと完治したわけではないが、それでもここまで迅速な回復が出来たのは、この人たちのお陰だ。
感謝してもし尽せない。返し切れない様な恩だと思う。
「良かった。また君に辛い思いをさせてしまわないかと、本当に心配だったんだ」
「ごめんなさい玄太郎さん。私のせいで……」
「君は何も悪くないよ。真白ちゃんは何も悪くない。悪いのは君に酷いことをしたと言う男だ。ただ、良かった」
そう言って、優しい視線と声音と一緒にそっと右の頬に手を添えられる。こそばゆい、でももう怖くない。むしろなんだか心地の良い感情が胸に集まって来て、添えられた手に甘えるようにギュッと頬を押し付けた。
硬くてゴツゴツした節くれ立った男性の手だ。千草や美弥子さん、光さんの様な柔らかい、女性の手ではない。でもそれはそれで安心できるものがある感覚だ。
この人は、信用できる。そう思ってることもあるのかも知れない。
「ははは、聞いていた通り、根は墨亜以上の甘えん坊かな?私としては娘がもう一人増えた様で、一向に構わないけど」
「あっ、えっと……」
思わずしてしまった甘えるような行動に顔が熱くなる。何してんだ俺。良い大人が甘えてどうする。
此処に来てからどうにも見た目以上に子供っぽくなっている気がする。俺はもっと素っ気ない性格だったと自負しているんだけど、この人達にはどうしても気が緩んでしまう。
赤くなる顔を俯けると、玄太郎さんの手はそのまま頭を撫でる動作へと移って、その感触に目を細める。うーん、そうじゃない。そうじゃないぞ俺。
「想像以上に早い回復ね。ASD(急性ストレス障害)からPTSD(心的外傷後ストレス障害)に悪化していく懸念の方が強かったくらいなのに、偉いわ。頑張ったわね」
玄太郎さんに撫でられていると、担当医である新田奈那女医が近くまで来ていたようで、目線を合わせられてからそう褒められる。先生もホッとしたような表情だ。
「でも、完治したって油断しないでね。心の病気は突然ぶり返すことがあるの。だから、まだしばらくは1人になっちゃダメよ?」
「はい、わかりました」
今の状態は恐らく病状が軽くなっただけだ。玄太郎さんだから、こうして触れても大丈夫なのだろうけど、全く知らない男性に対してどういう反応をしてしまうかは、自分でも想像が付かない。
心の病気は本当に長い目での治療が必要なんだ。こうして、一か月以内に症状の改善が見られること自体が非常に稀なのは俺も元医療と看護に携わった人間として、認識と理解があるつもりだ。
その後、光さんや美弥子さんに代わる代わる揉みくちゃにされながら、諸星家はプチパーティー状態へとなっていった




