何処かでされてる何かの話
ドンッと大きな音を立てて、数センチはあろう木の板が吹き飛ぶ。粉々に散らばったそれは明らかに殺傷力がある程の威力を持っており、仮に人に向けられたらただでは済まないだろうモノだ。
「ふむ、何とも不思議なメモリーだ。属性を持たず、純粋な魔力のみの物とは」
その板を吹き飛ばした張本人。真白を攫おうとした、あの男が魔法を放った姿勢のまま今の攻撃の感想を口にした。
「殊勝なことだね。メモリーの力に頼るんじゃなく、十分な検証をするなんて」
「メモリー毎に細かな特性があるのは百も承知しているからな。特に貴様から譲り受けたメモリーは研究しつくされた骨董品とは言え、全てのメモリーの母体となったマザーだ。十全に使いこなせれば、Aクラスの魔法少女とも渡り合えよう」
「同時に属性の無い欠陥品だけどね。中身がちょっと違うだけさ」
「それでも、この桁違いの魔力量は強力な武器だろう」
無機質な装飾の無い、ただ均された床や天井、壁に囲まれた薄暗い空間に男と女は二人で淡々と事務的な会話を交える。
「ふふふっ、そうやって息巻いてる割には、アリウムフルールを逃しているじゃないか。まぁ、突発的に沸き起こったチャンスにダメモトでやれば当然と言えば当然だろうけどね」
「物事と言うのは計算だけではない。降って湧いて来たチャンスを計画には無いからとみすみす見逃しては、本当のチャンスですら見逃してしまう」
「詭弁だね。物事とは計算ずくで進めるものだ。その場しのぎの行動だけではやがて限界が来る」
「そちらもまた詭弁だ。物事に絶対はない、如何に計算しようと、完璧な計画を実践しても、必ず予想だにしないことは起こりうる。必要なのは、計算しつくされた綿密な計画ではなく、その場で決断する判断力と実行力だ」
「……」
「……」
両者の主張が真っ向からぶつかり、黙る。
決してこの二人の主張は間違っていない。どちらも正しいもので、どちらにも同じくらいの賛同者がいる事だろう。
ようは立場の違いだ。男は実際に現場で活動し、判断し、実行する立場にあり。女の方は情報を分析し、それに基づいた計画と行動を良しとする管理者の立場だ。
どちらも正しい。どちらも間違いではない。そして同時にどちらにも長所と短所がある。臨機応変に、と言えば聞こえは良いがそれもまた理想論であり、中々に難しいものである。
「……ともあれ、君達の活動で魔力は順調に集まっているよ。これなら、そう遠くない内に奴らを目覚めさせることが出来そうだ」
「そうでなくてはな。我らの悲願、我らの理想郷の実現のためには、貴様らの技術と知識は必須だ。我らからすれば『人類とは滅ぶべき悪であり』、貴様らからすれば『人類はこれから先の発展には邪魔な存在』。お互いの利害の一致が続く限り、我々は貴様たちを匿い続けよう」
「頼もしい限りだ」
じっとりと水気を含むんでいるような笑みを浮かべた女は、満足げに頷くと、そうだと思いだしたようにポケットに手を突っ込み、何かが入ったケースを男へと投げる
不思議そうな顔で受け取った男が女に問うと、再び女は口を吊り上げてこう答えた
「君が見つけた1体を含めて、裏切者の妖精が3体はいるみたいでね。私達が動くよりは君達の方が現場仕事は手慣れているだろう?処分を頼みたい」
「ふむ、見返りは?」
「今手渡したのは空のメモリーだ。妖精は基本的に魔力の塊だからね、仕留めた後メモリーを近づければ捕らえられる。捕らえた後のメモリーは、君達が自由に使っていい。隠れの魔法少女の魔力を奪ったメモリーより、ずっと強力だよ」
「なるほど、確かに魅力的な報酬だ。達成すれば我々はより迅速に事を進められ、最後には燃料にしてしまえば良い訳だ」
「そういう事さ。じゃあ現場仕事は任せた。私達研究職は裏方に引き籠るとしよう」
「そちらも任せよう」
お互いに満足のいくやり取りが出来たのか、口端に笑みを浮かべながら背を向け、女が部屋から出ていく。
男もまた、不敵な笑みを浮かべていた。