とある日のこと
「つまんねえ喧嘩売ってくんじゃねえぞ」
身長は平均よりやや上。顔だちはグラサンで隠れてヤンチャと言う印象を与え、ドスのきいた声がそれを加速させる。
「く、くっそ覚えてろよっ!」
見事な三下台詞をはいて去ってゆく不良どもを見ながらポケットから櫛を取り出し、髪を整える。
自身がハーフで金髪だが、顔立ちは日本人そんなコンプレックスを克服しようとした結果が現在のリーゼントである。
彼の叔父が若かりし頃、ヤンチャをしていた写真を見た彼はこうすればきっと舐められないで済む、きっと絡まれなくなる。
そう思ったのだが、実際はその逆。
良く絡まれるようになった。
時代を間違えたようなリーゼントをワックスで固め、色の濃いグラサンを付けると、やや細いながらも不良感をただよわせた。
喧嘩を何度もしていくうちに強くなった。
正確には喧嘩慣れをした。
学力が高く、自由な校風の学校にも主席で合格した。
なのに、何故絡まれるのが止まらないのだろうか。
そんなことを考えながら喧嘩現場だった夕暮れの公園でしゃがみ項垂れていると、ナイスミドルの紳士…執事をやっていそうな風貌の男がこちらに歩いて来た。
「君にとっての“象徴”とはなんだね」
また、たまにいる変に昔の時代に拘る『最近の若者は~云々』系の説教オヤジかと思いややぶっきら棒にそう答えた。
「俺の象徴はリーゼント。それこそ男の象徴みたいなものだけど、なんか文句あんの?」
「ふむ。じゃあ、君はそれがなくなったら女の子になるのかね」
老人は一瞬眉を顰め、納得したように手を叩きそんなことを言ってきた。
「いや、俺はどっからどう見ても生物学上男なんだが」
「…そうなのかね、面白みのない―――」
―――そうだ。
老人は思いついたように指をならし、俺に変な光るものをぶつけてきた。
「っ、てめえ何しやがった!」
次は横に杖を薙ぐと、勢いよく水が落ちてきた。
すると激痛が流れた。
成長痛なんか目ではない、まるで体を作り変えられるような痛みである。
地面をのた打ち回り、立ち上がると感覚がおかしく、また倒れてしまう。
あまりの痛みに声すら出せず、睨むように老人を見る。
「ん?今言ったよね。男の象徴って」
―――だから、キミがその髪型じゃないときは女の子になってもらうことにしたよ。
最初は何色だったかは覚えていない。
だけど人間じゃない、金色の目で見降すように俺を見ていた。
「これは、キミが自分で認めた概念だ。たとえ、この先その概念が違うと思おうが、僕がそれを知った。故に一生この概念、キミにとっては呪いと言った方がいいのかな、一生変わることはない。覚えて起きたまえ」
「ま、て」
「お断りしよう。それでは、さようなら」
そう言い残し、男は去っていった。
○○○
と言った感じの呪いをかけられた金髪美少女が俺の前で座っているのだ。
「えっと、キミは新手の妄想族さんですか?」
「ちげぇよ!さっき見たよな俺がリーゼントになってた時の姿!」
この美少女が我校で恐れられるインテリヤンキーとはにわかには信じられない。
いや、
「はぁ、男子高校生の夢詰め込んだ容姿でなにを仰っているんですか」
「は?」
半ば呆れたようなガラの悪いJkがキモオタに接する態度の様なその返事は、綺麗な声色で我々の業界ではただのご褒美だった。
金髪ですらっとした体躯ながらも凹凸がある。手足はすらっとしておりとてもじゃないが喧嘩をしている男の風貌には見えない。
あと、ダボダボの学ランを着て指先しか見えないとか、ヒップの部分だけやや膨らんでいるとか、ただ狙っているとしか思えない。
「…取りあえずシャワー貸せ」
「は、はい」
「安心しろお前程度だったらすぐに組み伏せられる」
…あの、それ、ご褒美なのでむしろ襲いたい。
いや、自分から攻撃からの反撃はなんか狙っている感があって高揚感が減る。
だが、美少女に組み伏せられるのだからラッキースケベを期待してもいいのだろうか。否するしかない。
「…早くしろ、気持ち悪い」
ぜひ四つん這いの状態の俺の上に乗っていってもらいたいセリフだな。
いやいっそ、シャワーを貸すお礼としてそうすればいいのだろうか。
「…だから早くしろって言ってるだろ」
あの、何故に涙目になっているのでしょうか。
もしかしてメンタル弱いのかこの子…
「…悪かったからぁ」
どうしよう、この子可愛い。
家にお持ち帰りしました。
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都内のとある住宅地の一角に男二名がテーブルを挟み向かい合って座っていた。
一方はリーゼント&グラサン。
もう一方は七三&ビン底メガネ。
割と混沌としている。
「本当にヤンキー様だったとは」
風呂上りの彼の髪はドライヤーで乾かされ、見事なツッパリを見せている。
この髪型が雄鶏、雌鶏の類だったら酷く滑稽なのだろう。
「ヤンキー様って何だ、ヤンキー様って」
普段の一匹狼っぷりが信じられなくなるほどフレンドリーに親しみやすい性格をしているらしい。
「まぁ、もとい恋泉君がまさかそんな状況に陥ってるとは驚きです」
「うるせえよ七三メガネ」
「七三メガネとはなんです、七三メガネとは。いかにも学級委員長に相応しいパーフェクトな容姿じゃないですか」
実際は忙しさが心地いいのでこの仕事を引き受けたのだが。
+内申点も上がる。いいこと尽くめである。
「堅物委員長様はよくもまあホイホイと不良を自分の家に上げたな」
「ええ、キミ事態は売られた喧嘩を買っているだけ。成績は特に問題は無いのですから、特に問題なしと判断しました」
「俺が暴力振るった場合はどうするつもりだったんだ」
「我々の業界ではご褒美ですから」
「……」
「我々の業界ではご褒美です」
「気持ちわりぃ」
「ありがとうございます!」
ふっ、見たかこの完璧なる下僕のあるべき姿を。
真の紳士たる者、男女性別老若男女とわず与えられる苦痛は快楽となるのである。
蔑んだ目線とか本当にたまらない。
「…で、話は信じで貰えたな」
「はい」
「その関係で少し手伝え」
「自分でなくとも他の人が…あっ」
「察しただろ!どうせ俺は友人ゼロのコミュ症の不良だよ!」
--だから助けろ!
--了解しました。