その3
人の波に揉まれるとは、まさにこのことね……。
新しく出来たショッピングモールは、私の想像を絶する混雑ぶりだった。
混雑を危惧して、開店30分前に到着したのに、入口へと続く道には、
「アリスちゃ~ん? 大丈夫ですか~? 可愛いお顔が見えてないですよ~?」
人ごみに紛れて、真衣のあざ笑う声が聞こえてくる。
「真衣! 手! 手ぇつないで! 本当にはぐれちゃうから!」
私の声は必死だ。本当に潰されかねないのよ!
「はいはい」
真衣は、ニヤニヤしながら、私が伸ばした手を優しく握り返してくれた。
真衣の手は、思ったより力強かった。
ヒィヒィ言いながらなんとか入店して、真衣と色々物色して回ることにした。
「あ、アリス。あのお店どう? ちょっと寄ってかない?」
真衣が気になったお店は、いわゆるロリータ系の、ファッションを取り扱うお店だった。
「真衣、ああいう服も着るの?」
「ううん。全然」
そうでしょうね。ちなみに今日の真衣は、くるぶしを見せたパンツルックだ。
「アリス、ああいうの似合うと思うのよね。っていうか似合うでしょ? 金髪ロリータなんだから」
「ロリって言うな」
言われる身にしてみれば、屈辱的なんだから。
「とりあえず、お店の中見てみようよ」
「私は別に興味ないのに……」
引きずられるように店内に入る。
「はぁ~。見てみてアリス。シンデレラみたいなドレス!」
おとぎ話から飛び出してきたかのような、その淡いピンク色のドレスだった。
「こういうお姫様みたいな服、一度は憧れるわよね~」
真衣は、ブラックドレスの方が似合うわよ。
「女の子なら、一度はこういうドレスを着たがるわよね。そうでしょ?」
「……まぁ、子供の時はね」
私も未だに記憶に残ってる。
幼いころ、お父さんに駄々をこねて買ってもらったあのドレス……。
「アリスが大きくなるときまで、大切に取っておこうね」
あのドレス……どうしたっけ……?
「アリス? どうしたのそんな真剣な顔をして。まさか、お買い上げ?」
「え? あ、いや、お買い上げって言われても……ちなみに値段は?」
「えっと……5万6千円」
「……」
ちょっと高すぎるわね……(いや、もしかしたら適当な値段なのかもしれないけど)。
その後、いろんなお店を回りながら、フードコートで一息ついたのは、謎解きラリーのイベントが始まる20分前だった。
「まさか、ここまで混んでいるとはね。予想外だったよ」
真衣は、たこ焼きを食べながら苦笑した。
「ホントにね……どこのお店も混んでたし……」
私は、たこ焼きをつま楊枝で転がしながら(私は猫舌なの)溜息をついた。
「お兄ちゃんは、この混雑具合を予想して、今日来なかったとか」
「お兄様なら、有り得るかもね」
「どうせ、本読みたいだけなのよ……はぁ、結構疲れちゃったから、もう帰りたい……なんて」
「同感……」
真衣の目線が、私から外れていく。
「真衣?」
「アリス、あれ見て」
真衣が指さした方向を見ると、
「あれって……夏美?」
我らが委員長の姿が、そこにはあった。
「夏美も、今日ここに来てたんだ」
「……気にならない?」
「何に?」
「委員長の相手よ」
「相手って……」
もしかして……デート?
「あんなよそ行きの格好しちゃってさ、絶対デートよ」
確かに夏美は、綺麗な白いワンピースを着て、同姓の私から見ても、キマッテルって感じだった。
「アリス覚えてる? 昨日委員長を誘った時の事」
確か夏美は、先約があるって言ってた……。
それがデートってことなの? じゃあ相手って誰なんだろう……。
「どうする?」
真衣は、新しいおもちゃを買ってもらった子供のような表情をしている。
「あ、動いた。追いかけるわよアリス」
「えっ、まだたこ焼き食べてるのにっ」
真衣は、ツカツカと歩き始めた。
全くもう……食べ歩きなんで行儀悪いのに……。
私は、たこ焼きを口に頬張りながら、真衣の後を付いていく。
夏美を尾行(と言っても、数百メートル)した結果、たどり着いた先は、
「あれ、ここ、謎解きラリーのスタート地点じゃない?」
「委員長も、謎解きラリーに参加するのね」
見渡せば、かなりの人が集まってきている。
家族連れや、カップルの姿も見える。
夏美、一人で参加するのかな? それかデートの相手がいるのか。
「あれ? 夏美どこ行った?」
ちょっと目を離したすきに……。
「私はここですよ」
「ヒッ」
後ろから急に話しかけられて、変な声が出てしまった。
「アリスちゃんも、兼崎さんも、どうしてこそこそ追いかけてきてたんですか?」
「委員長、いつから気付いて?」
「フードコートの時から」
最初からじゃないの。
「委員長……やっぱり侮れない……」
真衣は、ブツブツとつぶやく。
「夏美も謎解きラリーに参加するの?」
「そうだよ」
「でも、昨日誘った時は断ったじゃない」
「それはほら、言ったでしょ? 先約があるって」
夏美がそう言うと、ドタドタと足音が聞こえてくる。
「な、夏美! はぁっ、遅れた……すまん……」
「良いんだよ亮太君。私もさっき来たところだから」
「いや、俺から誘っといて、俺が遅れるなんて……って、アリス! それに兼崎! お前ら二人ともなんでここに!?」
登場早々忙しいない奴ね亮太は。
「私と真衣は、謎解きラリーに参加するからいるの」
「……夏美、お前まさか、こいつらも誘ったのか?」
こいつらとは随分ね。
「伊藤君、残念だけど、私とアリスは、たまたま、ここに居合わせてしまっただけよ」
真衣は、ニヤッとした表情でそう言った。
経験上、この顔をしている真衣は、何か良からぬことを考えている顔だ。
「たまたま……まぁ、仕方ない……」
「夏美、先約って言うのは、亮太の事だったの?」
「うん。亮太君から、誘われてたの。一緒に謎解きラリー参加しないかって」
「ふーん……」
「あっ、アリス、お前、俺を訝しむような目で見やがって……いいか? 俺は、親睦会的な意味を込めて、夏美を誘ったんだ」
「親睦会?」
「一年間、クラスをまとめる委員長と副委員長が仲悪かったりしたら、クラスメイトのお前らも嫌だろ?」
一理はある。
「だから、俺は、夏美を誘ったってわけ! 証明完了!」
亮太は、えっへんと言わんばかりにドヤ顔をする。
「あ、亮太君、こないだ亮太君に借りた本、返すね」
夏美は、ポーチの中から、文庫本を取り出す。
「はい。面白かったよ。このミステリー」
あの本は、夏美がこの前の朝、読んでた本だった。
「亮太って、ミステリー好きなんだ?」
「まぁな。だから、今回の謎解きラリーも自信あるぜ」
ふ~ん。亮太がミステリー好きとは……人を見た目で判断するなとはよく言ったものね。
「あ、見てアリス。そろそろ始まるみたいよ」
マジシャンのような恰好をした人が、マイクを持って出てきた。
「お集りの皆さま、今日はようこそおいでくださいました。まもなく謎解きラリーが始まりますが、お手元に、この、解答用紙はお持ちでしょうか? こちらがないと、謎解きラリーには参加できません。お持ちでない方は、こちらまでお越しください。繰り返します……」
「聞こえたか? 解答用紙だってよ。持ってるか?」
私たち三人は首を振る。
「俺も持ってねぇ。取ってきてやるよ」
二分後、亮太は、少し挙動不審な様子で、戻ってきた。
「……これ、はい」
「ありがとう」
亮太は、まず夏美に渡すと、残った解答用紙を私と真衣に渡した。
「無くすと不味いらしいから、ちゃんと鞄とかにしまって……」
亮太の声を遮るように、キィイインと、マイクがハウリングする音が響いた。
「うっ……」
私たちは思わず耳を塞ぐ。
「申し訳ありません! ただいまより、謎解きラリーを開始いたします! まずは、こちら、正面のボードに掲載された問題から、順番にスタートです!」
合図とともに、ワァッっと、人がボードへと詰めかける。
え、なんで皆こんなに必死なの?
「よっしゃ、夏美、俺らも行こうぜ」
「うん。頑張って一位とろうね」
亮太と夏美も、走って行ってしまう。
「ねぇ、真衣。なんでみんなこんなに必死なの?」
「え? 知らないのアリス」
「何がよ」
「一番最初に全問正解した人には、商品券5万円分が貰えるのよ」
「ご……」
こんなことなら、お兄ちゃんを引っ張ってでも連れてくるべきだったか……・。
「私たちも頑張らないとね?」
「当然! 一位狙っていくわよ!」
「それで、さっきのドレスを買うのね?」
「それはないわ」
「それは残念」
まぁ、実際五万あったら何を買うのかしら……。
そんなことをぼんやり考えていると、床に落ちている。紙に視線が向いた。
「あ、危ない危ない」
解答用紙を無くすところだったわ。
私はその紙を鞄にしまった。
よーし、絶対一位とるわよ!
「問題です」
私は、本から一切目を背けようとしないお兄ちゃんに言う。
「ひらがなの『く』と書かれた表札があります。この人の苗字は何て苗字でしょう」
お兄ちゃんは間髪入れず、
「きのした」
「……正解。じゃあ次! 卵に二つ穴をあけると、何になる?」
「うさぎ」
「……正解……」
ショッピングモールに帰ってから、謎解きラリーで出た問題をお兄ちゃんにぶつけてるんだけど、さっきからお兄ちゃんは秒で解いていく。
「やっぱり紐で縛ってでも、連れていくべきだった……」
結局、私と真衣は、なんとか全問正解は出来たんだけど、順位は全然だった。亮太と夏美はどうだったんだろう? 結局、モール内を歩き回って疲れた私たちは、その後すぐに帰っちゃったからなぁ。
「うーん後、他にどんな問題があったかなぁ……」
私は、鞄の中から解答用紙を取り出す……ってアレ?
「あれ、解答用紙が二つ……」
私は、知らぬ間に鞄に入っていた紙を開いてみる。
「……なにこれ」
そこには、二行に分かれた数字の羅列。そして、ヒントは鏡。とだけ書かれていた。(挿絵参照)
「お兄ちゃん……これ、なんだかわかる?」
私は、お兄ちゃんに謎の紙を見せる。
「……」
お兄ちゃんは、目をギョロギョロ動かす。
そして、指で何かを数えだした。
「これは……アリス、お前この紙だけしかないのか?」
「え? どういうこと?」
「この紙には、対になる……そう、この紙を使って解く、もう一つの紙があるはずだ」
「え? そんな事言っても、鞄にあるのはそれだけだし……それに、これ、一体どこで拾ったか……あっ」
そう言えば、謎解きラリーが始まる直前に、解答用紙を落としたと思って、拾った紙……もしかしてあの時の紙が……。
「お兄ちゃん、この紙、どういう意味なの?」
「……完全に正しいと分かるまでは、口にしない」
「めんどくさいから、とかじゃないよね」
「それもあるが……この紙に書かれているものはこの紙だけでは機能しないんだ」
「どういうことよ」
「そういうこと」
お兄ちゃんはそれっきり何も話してくれなかった。
お兄ちゃんのドケチ!
二日おきの更新で許してください