その1
真衣の占い事件から、一週間が過ぎた。
帰りのホームルームが終わると、私と真衣は、多目的教室……という名の手品部部室へと向かった。
後から知ったんだけど、私たちが通っている、この県立M高等学校は、20年ぐらい前は、超マンモス高校だったみたいで、一学年13クラスもあったそうだ。
少子化とか、色々あって、今は8クラスになってるけど、校舎は当時のままだから、空き教室も沢山ある。
その影響なのか、各団体に、放課後自由に使える部屋が割り振られてている。
それで、我が手品部に与えられた部屋が、この多目的教室。
真衣は、鍵を使ってドアを開けた。
「はぁ~。なんだかもう、第二の家って感じね」
真衣は、大きく伸びをしながら、ソファーに座った。
そう。ソファーに。
「学校内で、ここまでくつろいでいいのか、ちょっと不安になるけどね」
そう言いながら、私も、もう一つのソファーに腰かける。
「良いじゃない。だって、土日返上してまで、掃除したんだからさ」
そう。この多目的教室は、半ば、倉庫のような扱いを受けていた。
あまりの埃の多さに、初日はそのまま退散したのよね。
私と真衣は、雑巾、バケツ、手袋、マスクをもって、先週の土曜日に、学校へと向かった。(お兄ちゃんは、本を読むからと言って来なかった)
私は、中の物全部捨ててしまえばいいと思ってたんだけど、真衣は、
「まずは、使えそうなものを探しましょ。どうせ全部捨てるには二人じゃ無理よ」
と言って、私たちは、使えそうなものを探すことにした。
まぁ、実際は、掃除というより、発掘作業に近かったけどね。
結局、私たちが使えると判断したものは、真っ黒な二人掛けのソファー二台と、クモの巣の張った食器棚だった。
その他諸々の不用品は、教室の半分に押しやって、残り半分のスペースを確保することにした。
重い道具を女二人で必死に運んだわ。と言っても、運んだのは真衣がほとんどだったけど(言っておくけど、私は身長142cmの見た目相応の筋力よ)。
この作業だけで、土曜日は終わって、日曜日もそのまま学校へ。
雑巾で床を綺麗に拭いて、ソファーと戸棚を綺麗に拭いて……。
翌日、筋肉痛になりながら、学校に通ったのは嫌な思い出ね。
「そうだ。アリス。今日はこれ持ってきたの」
真衣は、楽しそうに、鞄の中から、ダンボールの箱を取り出す。
「これなに?」
「ふふーん。どうせこの部室には先生も誰も来ないと思って、持ってきちゃったの」
ダンボールの箱から出てきたのは、小さめの湯沸しポッドだった。
「放課後、優雅に過ごしたいでしょ?」
「真衣……本当にここを家にするつもりね?」
真衣は楽しそうに、ポッドを戸棚にしまう。
戸棚には既に大量のお菓子と、ちょっとした化粧道具、オセロとトランプが置かれている。
「私、小学生のころ、なべ子と一緒に、秘密基地を作ってたの」
なべ子って言うのは、同じクラスのレズっぽい渡辺さんのことだ。
「家からちょっと離れた山の中に、二人きりで一緒に遊べる場所を作ろうとしたの。折れた木を必死に運んで、汚い布を引っ張ってきたりして、今思うと、結構楽しかったな」
真衣と渡辺さん、その時から、仲良しだったのかな。
「まぁ、その場所は、夏の台風ですぐ壊れちゃったけどね」
「じゃぁ、ここは第二の秘密基地ってことね」
「秘密基地というより、隠れ家?」
真衣は、戸棚からポテチの袋を取り出す。
「絶対、先生にバレたら怒られるよね。バレないようにしないと」
ソファーに足を組んで座りながら、ポテチをつまんでいる人の発言とは思えない。
「まぁ、大丈夫でしょ。ここは滅多なことでは人が入って……」
真衣の言葉を遮るように、ガララと音を立てて、ドアが開いた。
「こない……」
真衣の表情は見たことないほど焦っていた。あと私も。
「あ? こりゃ一体どういうことなんだ? なんで教室にソファーが……」
「えっと……なんでだろうね?」
私たちの隠れ家に入ってきたのは、女子生徒と男子生徒が一組……ていうか、
「い、委員長! とりあえずドア閉めて! 早く!」
この二人は、うちのクラスの委員長と副委員長だ。
まず、委員長の方から紹介しましょう。
我がクラスの委員長、黒髪ロングの伊藤夏美(実は一話の冒頭にちょろっと出てる)。
夏美がどんな人なのかというと、クラスのお姉さんって感じ。
典型的な優等生タイプって感じで、性格も優しいし、面倒見も良いし、おまけに顔もスタイルも良い(真衣よりも胸が大きい)。これだけ書くと、欠点がない完璧美少女みたいだけど、本当にそうなんだから仕方ない。
顔とスタイルだけなら、真衣もかなり良い勝負なんだけど、真衣の方が、性格面で圧倒的に負けている。
あぁ、強いて言うなら、夏美の悪いところは、頼みごとを断れない性格ってところかな。クラスの委員長をやってるのも、中々決まらなかったから、仕方なく任されたって感じだったし。
その代わりっていうのも変だけど、副委員長はすぐに決まった。
それが、このクラスで二番目に背が低い(一位は私)伊藤亮太。
亮太は、一言で言うなら生意気な小僧って感じのタイプ。
身長が私と大して変わらなくて、顔も小学生みたい。
声も甲高くて、女の子と間違えそうになる。
性格も子供っぽくて、本当に同級生なのか本当に不思議。
クラスの女の子は、ちっちゃくて可愛いとかよく言ってるけど、私からしてみれば、生意気な子供としか思えないわ。
そこ、同族嫌悪って言わないで。聞こえてるわよ。
そんな糞生意気な亮太だけど、何故かうちのクラスの副委員長をしている。
散々時間をかけた、委員長決めに反して、副委員長決めは、亮太の立候補ですぐに決まった。
なんで亮太が副委員長になりたかったかは、さっぱりわからない。
ちなみに、二人の苗字が一緒なのは、本当に偶然。
だからなのか、うちのクラスでは、二人の事を名前で呼ぶか、委員長、副委員長、って呼ぶ場合が多い。
「あの、委員長……出来ればこの部屋の事は先生には内密にしてほしいんだけど……」
いつもは高飛車な真衣が、こんなにごますってる場面、もう二度と見れない気がする。
「大丈夫大丈夫。先生には言わないよ」
「本当に? ありがとう委員長~。今度一杯奢るわ」
「良いのか夏美? もっとふんだくれるんじゃねぇか?」
「そんな殺生な……副委員長は……そうだ、ポテチあげるわ」
真衣は、袋の空いたポテチの袋を持ち上げる。
「そんな食べ差し要らねぇよ」
「えぇ? あ、じゃあ私のおっぱい、ちょっとだけ触ってもいいよ?」
真衣は、そう言って、妖しい笑みを浮かべる。
「ば、馬鹿な事いってんじゃねぇ!」
亮太は、顔を真っ赤にして、拳を握る。
「もしかして、アリスの方が良いのかしら? でもきっとアリスのおっぱいはかた……」
私は、真衣のスネを思い切り爪先で蹴った。
「うっ……」
真衣は、その場で小さくうずくまる。
「それで、二人とも、ここに何の用なの?」
私は、仕切りなおすように、話を振ると、夏美は「そうそう」と口にして、
「先生に頼まれて、二人にそれぞれ伝えたいことがあってね。兼崎さん(真衣の苗字よ)は、明日の放課後、全学年合同の部長会があるから、それに出て欲しいの」
「あぁ……面倒だからパスってのは」
「駄目です」
「はーい。ちゃんと出とくわ」
真衣、本当に出るつもりあるのかな……。真衣の性格的に、こういうの絶対めんどくさがるタイプよね。
「次にアリスちゃん、アリスちゃん、美化委員でしょ? 明日の朝、活動があるみたいだから、朝寝坊しないようにね?」
夏美は、苦笑する。
うるさいわね……私はちょっと朝に弱いのよ……。
「伝えたかったのは、それだけ。二人とも忘れないようにね?」
「うん。わざわざありがとね」
「まぁ、この部屋の事は黙っといてやるけど、貸しは作っといたからな」
捨て台詞を残して、二人は部屋を出ていった。
「ねぇ、真衣、早起きのコツとかって……」
真衣は、未だ、足を抑えてうずくまっていた。
「……ごめん。強くやりすぎた」
「……アリスのおっぱいもんでいい?」
「蹴られたいの?」
「ごめんなさい」
胸と身長の話は、本当にコンプレックスなのよ!
スタイルのいい真衣には分からないだろうけどね……。
毎日更新予定です。希望として