その4
ホームルーム開始のチャイムと同時に、私はクラスに滑り込んだ。
「おはようアリス。今日もギリギリね」
息も絶え絶えの私は、ろくに返事もせずに、席に座る。
「先生はまだ来てないわ。今日はどうしたの?」
「……昨日眠れなくて。寝坊したの」
「かわいそうに」
絶対にかわいそうとは思ってない声で真衣は言った。
「おはようアリスちゃ~ん。髪の毛ボサボサよぉ~」
いきなり現れた渡辺さんは、鞄からくしを出して私の髪を整え始めた。
「あ、ありがとう渡辺さん……で、でも自分で出来るから」
「いいのよぉ。気にしないでぇ。うふふふふ」
やっぱり渡辺さんってあっちの気があるのかな……。
というか、私たちそこまで親しい関係じゃなかったような。友達の友達は友達ってこと?
「そうだ、聞いてぇアリスちゃん。真衣ちゃんってば超人気者なのよぉ。今日の朝なんて、真衣ちゃんの占いを他クラスの生徒とか、先輩とかが見にきてたのよぉ。すごいよねぇ」
「へぇー」
私はチラッと真衣を見る。真衣は恥ずかしがることもなく、当たり前のように、私の視線を軽く流した。
「それでねアリスちゃん。今日の占いの結果が、なんか変な結果だったのぉ」
「ふぅん。どんな結果なの?」
「明日の中庭に気をつけろ」
真衣は、私の目を見て呟いた。
真衣の目は黒く澄んでいた。まるで引き込まれそうな……。
「明日の朝が楽しみね」
真衣は妖しい笑みを浮かべてそう言った。
私が、それってどういう意味なの。と言い出す直前に、先生が教室に入ってきた。
「あ、もうこんな時間なんだ。昼休み終わっちゃうじゃない。ちょっとゆっくり食べ過ぎたのかな」
私は時計を見てそう呟いた。
「いや、原因はそうじゃなくて、喋りすぎなんじゃないの?」
私同様まだお弁当を食べ終えてない真衣が答えた。
「……確かにね。いつもは二人きりで喋っているけど、今日は色んな人が絡んできたわね」
真衣が占いを始めてから、渡辺さんをはじめ、真衣は今までよりも色んなクラスメイトと接するようになった気がする。それは、真衣の近くにいる私も同じことだった。
「私、やっと本当の意味でクラスに馴染んできた気がするわ」
私がボソッとそう言うと、真衣はやさしげな表情で
「本当にね」
と呟いた。
「ただいま」
玄関には、やっぱりお兄ちゃんの靴がすでにあった。
「あれ?」
お兄ちゃんの靴には泥が付着していた。
もしかしたら、うちから学校までには、足場の悪い近道でもあるのかもしれない。
そんなことを考えながら、居間に向かうと、お兄ちゃんはソファーに寝転んで本を読んでいた。見慣れた光景だ。
「ただいま」
「おかえり」
「実は今日も」
「占いの話か?」
「そうよ。今日はね」
私は今日の出来事を、お兄ちゃんに話そうとしたその瞬間、
「明日の中庭に気をつけろ、だっけか。真衣さんの占いの結果は」
「あれ、お兄ちゃんなんで知ってるの?」
「今日の朝、真衣さんの占いを見てたんだ」
そういえば渡辺さんが、今日は他クラスの生徒とか先輩が見に来ていたって言ってたような。
お兄ちゃんもその場にいたんだ。
「それでやっと全てが解けたよ。ちゃんと確認したし」
お兄ちゃんはそう言うと、本を読み始めようとしたが、私は再び本を奪い取った。
「お兄ちゃん! 一人で納得しないで私にも教えてよ!」
私は、二日間もお預けを食らっているのだ。私の脳内は、真実を欲している。
「本読んでるから」
出た、これはお兄ちゃんの口癖……読書の邪魔しないでってサインだ。
しかたない……奥の手を出すことにするか……。
「もし、教えてくれるんだったら、図書カード二千円分だすよ」
「な、なんだと。それは本当か!」
お兄ちゃんは、好きなおもちゃを買ってもらえるときの子供のような顔で言った。
「ええ、約束するわ」
「神に誓えるか」
「神に誓うわ」
「よし、いいだろう」
ふふふ。ちょろいわねお兄ちゃん。図書カード一枚でそんなに尻尾振っちゃって。
「さぁ、早く教えてよお兄ちゃん。真衣は一体何をしたというの? 何をしたかったの?」
「まぁそう焦るなよ。そうだ、お前、今日の夜暇か?」
「今日の夜? 別に暇だけど、それがいったいなんの関係があるの?」
「忍び込むぞ。学校に」
ねぇ、あなたは夜の学校って行ったことある?
怪談のネタにはよくあるけど、普段見慣れてる場所だし、怖くもなんとも無いって思ってたわ。
そう思ってたの。今さっきまで……。
「ねぇお兄ちゃん……なんで私たち夜の学校にいるの?」
私たちは下駄箱にいた。月明かりが窓から入って、視界は良好なんだけど、それが逆に不気味だった。
「なんでって、お前が事件の真相を教えてほしいって言ったからじゃないか」
「別に家でも良いじゃない! わざわざ学校に来た理由は何よ! ……ね、ねぇ、早く帰ろうよ。私ちょっと怖いんだけど……」
「大丈夫、うちの学校は完全消灯は8時。現在は8時20分。誰もいないよ」
「そういうことを聞いてるんじゃないのよ!」
お兄ちゃんの頭は、やっぱりズレてる。
「俺の予想だと、数分余裕があるな」
「余裕?」
「それじゃあ、ここで一度、今回の事件をまとめてみよう。今回の謎は、お前の友人の真衣って子が、占いを的中させたことにある」
「そうね。お兄ちゃんは、私の質問を無視するの好きね」
「一度当てるだけなら、運の問題だが、二度も連続で当てるのは実際不可能だろう」
お兄ちゃんは私の言葉を無視して話を続ける。
「真衣って子が当てた占いの内容は、1、お前の嫌いな科目が休みになる。2、無くした教科書が中庭の噴水にある」
「なんか改めて考えると、占いって感じじゃないわね」
「その通り。これは占いではない。予言だ。彼女が今日の朝に言った、明日の中庭に気をつけろ。これも占いではなく予言だ」
「じゃあ、真衣は占い師じゃなくて超能力者って事?」
「昨日も言ったろ。彼女はノーマルだよ」
「でも、真衣は実際に的中させて……」
お兄ちゃんは私の言葉をさえぎるように
「ここで考えなきゃならないのは、彼女の動機だ。何故彼女はこんな占いをしなくてはならなかったのか」
「……目立ちたかったとか」
私は適当に言ったつもりだったが、お兄ちゃんは少し驚いた顔で、
「半分正解。彼女は目立つ必要があったんだ。目立って、あることをスムーズに行おうとした」
「あること?」
「それはね……」
その瞬間、ペタペタと廊下を歩く音が聞こえた。
「ひゃっ……」
私は叫びそうになったが、何とか我慢した。
「来たな」
お兄ちゃんは何故か笑っていた。
朝に見た真衣と同じ、妖しい笑み。
私は足音も怖かったが、この状況で笑顔を浮かべるお兄ちゃんの方が怖かった。
「下駄箱の陰に隠れるぞ」
私たちは忍び足で下駄箱に隠れた。
足音は、どんどん近づいてくる。
私は足音が二人分聞こえることに気づいた。
私は、泣きそうになりながら下駄箱から顔を出すと、遠目には、二つの人影が見えた。
私はその人影に見覚えがあった。
足音はどんどん近づいてくる。それにつれ人影が鮮明になってくる。
「え? どうして?」
私は薄々一つの人影の正体に気付いていた。しかし、もう一つの人影の正体を見たとき、私は愕然とした。
「どうして真衣と浦頭先生がいっしょにいるの……?」
その瞬間、私は足元のすのこにつまずき、転んでしまった。
ガンッ! と鋭い音が下駄箱に響く。
「誰だ! 誰かいるのか!」
浦頭先生が叫ぶ。
私は泣きそうになったが、お兄ちゃんはすぐに立ちあがり
「こんばんは。浦頭先生」
と言った。
「お前は確か二年生の……それにもう一人いるな。お前は確か」
「アリス!?」
浦頭先生のそばにいた真衣が思わず叫んだ。
「どうしてアリスが……」
「君たち、もう学校は消灯時間だ。早く帰りたまえ」
「分かりました。帰ります。ただその前に」
お兄ちゃんは、人差し指をピンと張って
「一つ、お話を聞いていただけませんか? 真衣さんが行った、壮大なマジックについて」
「なんだと」
浦頭先生は少し狼狽している様子だった。
真衣の方は暗くてよく見えなかったけど、笑っているように見えた。
「浦頭先生、あなたは、手品部の顧問をしている。そうですね?」
「そうだが」
「確かうちの学校は、部員が三人以下の場合は活動が出来ないという校則があります。手品部の部員はそこの真衣さん一人だけなのですか?」
そうなんだ……でもなんで帰宅部のお兄ちゃんがそんなことを知ってるんだろう?
「その通りですわ。アリスのお兄様」
真衣は浦頭先生に代わって答えた。
「いつもうちの妹がお世話になってるようで」
「お世話になってるのはこちらですわ。お兄様」
お兄ちゃんと真衣はそう言うと、軽く微笑んだ。
「うちの妹が、今回の出来事の答えを気になってるようでね。明日になれば、君の口から答えが聞けると思うのだけど」
「お兄様の答えが、正しいとは限りませんよ」
真衣の顔は笑っていたが、目は笑ってなかった。
「では、答え合わせをしましょう。浦頭先生。僕たちが学校を出るのはそれからで良いですか?」
「好きにしろ」
浦頭先生はタバコを取り出し、中庭に出て行った。
「さて……」
お兄ちゃんの推理が始まった。
「一つ目の占いですが、アリスの嫌いな科目が休みになるという占いでした」
「別に私、浦頭先生が嫌いとは思ってないよ!」
先生は中庭に出ているので聞こえていないと思うが、私は一応付け足した。
「真衣さん。あなたは浦頭先生がお休みだということを事前に知っていた。そうですね?」
真衣はうなずく。
「じゃあなんでうちの担任は、それを朝に言わなかったの?」
私は疑問をぶつける。
「そういう約束だったからよ。アリス。浦頭先生がうちの担任に、いや、恐らく私以外の誰にも、あの日の授業が休みになることを言ってないはずよ」
「どういう意味?」
「言葉通りさ。浦頭先生は、真衣さんの占い通りになるために、そうしたんだ。つまり浦頭先生は、真衣さんの協力者」
「出張だったのは、本当なんだけどね」
なにも言葉が出なかった。この二人は、何を言っているの?
「さて、続いて二つ目の占い。無くした教科書が中庭の噴水にあるという占い。この謎はすぐに解けました。答えから言いますと、渡辺さんは、教科書を無くしていません。無くしたフリをしていたのです」
「どういうこと?」
「恐らく渡辺さんは教室を出た後、トイレ辺りに数分隠れて、頃合を見計らって教室に戻ったんだろう」
「でも、渡辺さん、手に教科書持ってたよ?」
「鞄から取り出したんだろ」
「……」
冷静に考えれば、なんてことは無い。子供でも分かる話だ。
「で、でも渡辺さんは、なんでそんなことをしたの?」
「私がなべ子に直接頼んだの。協力するようにね」
「じゃ、じゃあ渡辺さんも共犯? でもおかしいよ。渡辺さんはじゃんけんに勝ったから占いをしてもらったんだよ?」
真衣は「そんなことか」と呟いて
「別に誰が勝っても良かったの。じゃんけんで勝った人に頼み込むだけだしね。なべ子が勝ったから、頼みやすかったって言うのはちょっとあるけど」
真衣は、少しだけ苦笑する。
「マジックショーなどで、マジシャンが会場のお客さんを一人選んで、その人をボックスの中に入れる。そして、ボックスを開くと、お客さんは消えている。こういったマジックがあります。トリックはいろいろ考えられますが、よくあるトリックは、ボックスの足場が開いて、下に隠れるというものです。ただ、このマジックを成功させるには、一つ大切なことがあります。アリス、分かるか?」
私は首を横に振る
「真衣さんは?」
「……選ばれたお客さんが、マジックの協力者であること。でしょうか」
「その通りです。マジシャンは適当にお客さんを選んだわけではありません。客席にいた協力者を選んだのです」
私は、お兄ちゃんが言っていたヒントを思い出す。
考えてみれば、協力者がいるのなら、今回の出来事は簡単に出来ることだらけだ。
「今回の出来事も同じだって言いたいのね。お兄ちゃんは」
「その通りだ。真衣さんの占いの謎が解けたか? アリス」
「ま、まぁね。答えを聞いてみれば、なんだか子供騙しの様な話だったわ。でも……」
でも、分からないことがある。
「なんで真衣は、こんなことをしたの?」
気になる……。こんなことをした動機が。
「お兄様は、すでにお分かりなのかしら?」
お兄ちゃんは軽くうなずく。
「真衣さん。あなたはマジックが本当に好きなんですね。手品部のためにここまでするなんて」
「手品部のため?」
「そうだよアリス。真衣さんは恐らく手品部の部員募集のために、この占い騒動を起こしたんだ。このままだと廃部になってしまうから」
「……」
真衣は黙っている。
「そのためにまず真衣さんは、学校内で有名になろうと思った。一人の一年生が勧誘活動しても、人が入らないと思ったんだろうね」
「入りたての一年生が騒いでも、相手してくれないと思ってね」
真衣は小さくため息をつきながらそう言った。
「そして人気者になるために占い……もとい占いに見せかけたマジックを行ったんだ。その結果、真衣さんの思惑通り学校内での知名度は上がり、自分の占いは誰もが疑わないものになった」
私たち、真衣の手のひらで踊らされてたんだ……。
「そして、最後の占いは、明日の中庭に気をつけろ。つまり、ほぼ学校中の生徒が、明日学校にきたら、中庭に注目する」
その時、私は浦頭先生が中庭に向かったのを思い出した。
「もしかして、真衣たちは中庭に、何か仕掛けるつもりなの?」
「お兄様は、私たちが何を仕掛けるつもりなのか、お分かりですか?」
真衣はいつも通り、しかし、少し上ずった声でお兄ちゃんにたずねた。
「今日中庭で浅く掘り返した跡を見つけました。そこを軽く掘ってみると、そこには延長コードが埋められていました」
「延長コード? なんでそんなものが埋められてるのよ」
「電気が必要だからだよ。中庭まで電気を引っ張る必要があったんだ。映写機を使うためにね」
「映写機? 映写機って映像を写すあれよね。でも、ああいうのってモニターとか必要なんじゃないの? それに動画を作ったりとか大変なんじゃないの?」
「協力者がいるんだ。映像関係に強い協力者が」
「そんな人……あっもしかして、浦頭先生……?」
お兄ちゃんは頷いた。
「脱帽ですわお兄様。まさか、明日のネタまでバレバレだなんて」
真衣は少し吹っ切れた顔で言った。
「じゃあ浦頭先生は中庭で、映像を写すための用意を進めているって事?」
「そういうことになるな。どんな映像なのか、明日が楽しみだ」
「いいえお兄様。残念ですが、明日は映像をご覧になることはありませんわ」
真衣はそう言うと中庭に向かって行った。
数分後、真衣と浦頭先生は戻ってきた。
浦頭先生は、ノートパソコンと映写機、そして、大きな筒のような物を手に持っていた
「え、真衣、映像を流さなくていいの? 勧誘するんじゃないの?」
私が真衣にたずねると、真衣はニカッと笑って
「既に種が分かったマジックをするのは、私のマジシャンとしてのプライドが許さないの」
真衣の目はまっすぐとした強さがあった。
「でもいいのか。このままだと手品部は廃部になるぞ」
「しょうがないよ先生。地道に集めることにするよ」
「このままだと廃部になるぞ」
浦頭先生は冷たく言った。
「えっと、期限は、今週までだっけ?」
「ちなみに、あと二日だ」
「えっと、どうしようかな~?」
真衣が頭を抱える中、私はおずおずと手を上げた。
「私に、名案があるわ」
「え、マジ?」
「マジよ」
私はお兄ちゃんを一瞥して
「お兄ちゃんには、私の名案が分かる?」
「校則でも変えるのか?」
「いいえ。そんな面倒なことしないわ。よく聞きなさい。私の名案を!」
翌日、クラスに入ると、相変わらず真衣は人気者だった。
ただ、真衣は占いをしているわけではない。
「いくよ~。1、2、3!」
「おおぉー」という歓声が上がる。そんな中、渡辺さんは一人、
「真衣ちゃ~ん。私の500円玉、どこにいっちゃたの~」
と、あたふたしていた。
「大丈夫よなべ子。あなたの500円は、ここにあるわ」
真衣は渡辺さんの制服のポケットを指差す。
「え、あ、本当だ~。良かった~。本当に良かった~。今日のお昼が抜きになるところだった~」
真衣は、占いの代わりに、マジックを披露していた。
マジックをする真衣の目は、イキイキとしていた。
「おはよう真衣。なんだか元気そうね?」
「おはようアリス。おかげ様でね」
「まぁ、困っている友達を、ほっとくわけにもいかないでしょ」
「うん……ありがと」
真衣は少し赤面していた。
「そうだ。あなたの500円も消してあげましょうか」
真衣は照れ隠しのように、少し早口で言った。
「ちゃんと返してくれるのならね」
結局、真衣の最後の占いは発動する事はなかった。
後から聞いた話だと、今日の朝、真衣は占いを期待した生徒たちに、
「ごめん! 昨日の占いはハズれちゃったの。だからもう占いはおしまい。今度はマジックをするわ!」
と、言ってマジックを披露したらしい。
最初からそうしとけば、手品部の宣伝になってたと私は思うのだけど、きっと真衣にとっては、私たちに占いを信じさせる、というマジックをしていたのに過ぎないのだと思う。
マジックの評判は、占いよりも上々だった。だって占いって胡散臭いものね。
マジックを披露した真衣は、
「ねぇ、私と一緒にマジックしませんか? マジック楽しいよ?」
と、手品部の勧誘をしたが、真衣のマジックのレベルが高かったので、入部を希望する生徒は現れなかった。
じゃあ結局、廃部になるじゃないかって?
そんなことはなかったわ。何故なら、
「アリス、今日の放課後、お兄様と一緒に多目的教室に集合ね」
「はーい」
私とお兄ちゃんが手品部の部員になることで、手品部の廃部を阻止したの。 私たちは、帰宅部から手品部にクラスアップしたのよ。
この事こそ、最初からそうしとけって話なんだけど、今なら思うの。
簡単なことに気付かないのが人間で、それを利用したのがマジックなんじゃないのかなって。
「あ、お兄ちゃん」
多目的教室の前には、お兄ちゃんがぼけーっと突っ立っていた。
「ちゃんと来たのね」
「一応な。真衣さんは?」
「職員室に鍵を取りに行ったわ。そろそろ来ると思う」
「ふーん」
「……」
「……」
「私思ったの。真衣ってすごい遠回りなことをしたなぁって」
「……」
「だって思わない? 廃部を防ぎたいのなら、最初から私とかに言ってくれれば良かったのよ」
「まぁ、それはそうだな」
「あ、もしかして、真衣ってば本当は目立ちたかったのかな。占いとかマジックとかを使って。人気者になりたかったのかな……」
そこまで言って、私は気付いた。
真衣が起こした出来事によって、クラスの雰囲気が少し良くなったことを。
新しい友人が出来たことを。
そしてなにより、真衣のことをもっと好きになったことを。
「もしかして真衣の本当の目的って、手品部のこともそうなんだけど、もっと友達を作りたかったとか……」
私がそう呟くと、お兄ちゃんはニヤッと笑って
「真衣さんって、すごいマジシャンだと思わないか?」
と言った。
お兄ちゃんってば、いったいどこまで分かってるんだろう?
「どうした? 俺の顔に何かついてるか?」
「別にー。なんでもないですよーだ」
私は、ほんの少しだけ、お兄ちゃんを見直そうと思った。
昨日サボってしまったので、今日は頑張りました。明日はサボります。