その3
翌日、クラスの話題は真衣の占いでもちきりだった。
昨日は興味を持ってなさそうだった男子達も、話題にしていたのは真衣のことだった。
「一気にクラスの人気者になったわね」
後ろの席にいる真衣にそう言った。
「あら、妬いてるの? 私の人気に」
「人気なのは、あなたの占いよ」
「それもそうね。まだ一回しか当ててないのに、みんな信じるの早すぎよね」
私は真衣の言い方に少し違和感を覚えた。まるで、私は何度でも占いを当てることが出来るのよ。と言ってるように聞こえたからだ。
私は、目の前にいる友人が、全く会ったことも無い別人に見えた。
「あら? アリスってばずいぶんな目つきで私を見ているのね。可愛いお顔が台無しよ?」
「え、えぇ? そんな目つきしてないよ」
私は手をブンブンと振って否定した。真衣に感じた違和感を払うように。
「別に否定しなくていいのよ。むしろ私は、あなたがそういう目つきの出来る人間だと分かってうれしいわ」
真衣はにこぉと笑った。
口元がゆっくりと歪んでいくのがはっきりと見て取れた。
真衣は……高校で初めて出来たこの友達は、いったい何を言ってるんだろう……?
「真衣ちゃーん!」
「ウワッ」
突然響いた大声に、私は変な声を出してしまった。
「真衣ちゃーん。昨日言ってくれたよねぇ? 占いは一日一回までだから、明日占ってくれるって」
真衣に抱きつきながら、甘ったるい声を発するのは、同じクラスの渡辺さんだった。
彼女の天然パーマの髪の毛が、わっさわっさと揺れている。
渡辺さんとは、私はまだ数回しか話してないけど、真衣とは同じ中学からの付き合いらしく、親しげに喋っているところを何回か見たことがある。
ちなみに真衣は渡辺さんのことを、なべ子と呼んでいる。もっと可愛らしいあだ名は無かったのかな。
「忘れてなんかないよ。なべ子があんなに頑張ってジャンケンしてるの初めて見たよ」
真衣は苦笑いで言った。
「だって真衣ちゃんが占いできるなんて、私知らなくってぇ。すごーく興味あるのよねぇ。さ、はやくはやく。占ってちょうだい?」
「相変わらず忙しないやつね。それじゃ始めましょうか」
真衣はそう言うと慣れた手つきでタロットカードを机の上に並べ始めた。
クラスメイトたちが、真衣の周りに集まってくる。
「なべ子は最近、悩みとかあるの?」
「最近~? そうだなぁ……あ、そういえばね」
渡辺さんは、手をポンと打って(実際にやる人始めてみた)、
「私、数学の教科書無くしちゃってぇ。家を探したんだけど、出てこないのよねぇ」
「入学してまだ一ヶ月も経ってないのに、よく無くせるわね」
真衣は嫌味っぽく言った。
「まぁ、せっかくだし、失せもの占いでもしてみましょうか。さぁなべ子。どれか一枚選んでね」
渡辺さんは、一番左のカードを選んだ。
「これね。じゃあ、めくってみましょう」
渡辺さんが選んだカードには、顔が描かれている大きな太陽と、白馬に乗った子供の絵が描かれていた。
「これは、太陽のカードの正位置ね」
「太陽? あら嬉しい。真衣ちゃんってば、私のことを太陽のように思っていたのねぇ」
渡辺さんの語尾にはハートマークが5個ぐらいついてそうだった。
渡辺さんって、もしかしてちょっとアレな人なのかな。
「あなたの人柄とかは占ってないわよ。占ったのは、あなたの教科書のゆくえ。でも大丈夫。あなたの教科書は見つかるわ」
周りに見物していたクラスメイトたちから歓声が上がる。私も上げた。
「この場合の意味は、成功とか、満足とか、可能性の意味があるの」
「なんだか見つかりそうねぇ。私の教科書」
「その通りよ。教科書の場所は、太陽のカードの名の通り、太陽の所にあるのよ。つまり日の当たる場所。うちの高校の中庭って、噴水があるじゃない。あそこにあると思うわ」
「えぇ~本当? ちょっと今すぐ見てくるわぁ」
渡辺さんは、鞄を持って中庭に向かった。
「もうすぐ朝のホームルーム始まるのに……間に合うのかな」
私がそう呟くと、真衣は時代劇に出てくる悪代官のような顔をして
「なべ子はせっかちなんだから……」
と、言った。
数分後、息をゼイゼイ吐きながら、渡辺さんが教室に戻ってきた。
彼女の手には、数学の教科書が握られていた。
「本当に噴水の近くに落ちていたのよ~」
クラスの視線が渡辺さんから、真衣に移る。
真衣は、すました顔で微笑んでいた。
「昨日は急な用事が出来てしまってな。すまなかった」
社会の浦頭先生は、授業開始のチャイムが鳴り終わると同時にそう言った。
「まぁ、君たちは、私の授業がなくて嬉しかったかもしれないが」
先生は嫌味っぽく言った。
私は浦頭先生のこういうところが嫌いなのよね。
「さて、今日の授業だが、今日はビデオを見てもらうぞ。わざわざ君たちのために私が製作したんだから、眠るんじゃないぞ」
へぇ~。浦頭先生って、動画作れるんだ。
私がそんな事を考えていると、浦頭先生と目が合った……様な気がした。
私、思ったことがすぐに顔にでるタイプだったっけ……?
その時、浦頭先生の視線が私とは少しだけずれていることに気付いた。
先生の視線は私の後ろの席、つまりは真衣に向かっていた。
「では早速動画を見てもらおう」
浦頭先生は教室にあるDVDプレーヤーにディスクを挿入した。
先生が製作した動画は分かりやすく要点がまとめられていて分かりやすい内容だった。
私はあんまりパソコンとかに詳しくないから良く分からないけど、先生が作った動画は、テレビの教育番組のような編集でプロが作ったようだった。
帰りのホームルームが終わり、なんとなく真衣に、
「今日はこの後どうするの?」
とたずねた。
「今日は部活があるから」
「部活? 真衣ってばいつのまに部活に入ったの?」
つい昨日まで、考え中って言ってたのに。
「昨日の間に、ね」
「何部に入ったの?」
「私は手品部よ。以後お見知りおきを」
「手品部?」
私は、真衣が手品部だということよりも、うちの高校に、手品部があることに驚いていた。
「どう? アリスも手品部に入らない?」
「うん……考えておくわ」
手品……つまりはマジックよね。お兄ちゃんとかは好きかもしれないけど。
「その返事、好意的に受け取っておくわ。じゃあねアリス。また明日」
真衣は軽くウィンクして、投げキッスをして、足早に教室から出て行った。
「また明日……」
明日、真衣に演劇部を進めてみようかな。あるかは知らないけど……。
「ただいま」
玄関には、すでにお兄ちゃんの靴があった。
相変わらずの速さね。
帰宅部のお兄ちゃんは、必ず私よりも早く家に帰っている。
「まるで帰宅部のエースね」
居間には、帰宅部のエースが、いつものようにソファーに寝転がって小説を読んでいた。
「ただいま」
「おかえり」
「実は今日もさ」
「また、占いの話か?」
「勘が鋭いわね」
「よく言われる」
「そう。じゃあ話すけど、今日はね……」
私は、今日の出来事をお兄ちゃんに話した。
「ということなのよ。本当に真衣は超能力とかそういうのを使えるのかな」
私の話を聞いてお兄ちゃんは一言、
「そんなわけ無いだろ。お前の友達はいたってノーマルだよ」
と、即答した。
「昨日と言ってる事が、丸っきり正反対なんだけど」
「お前の話を聞いてたら、その真衣って子が超能力を持ってないことぐらいすぐ分かるよ」
「え、ちょっと待って。それってつまり真衣の占いには、やっぱり何か裏があるってこと?」
「ああ」
「やっぱり! じゃあ早く教えてよ!」
「それは出来ない」
「なんでよ!」
相変わらずケチね!
「まだ一つだけ、分からないことがある」
「それはなんなの?」
「動機だよ。それがはっきりしない」
「で、でも真衣がどうやって占いを当てているのかは分かったんでしょ? それを教えてよ!」
「全てが分かったら教えてやるよ」
お兄ちゃんは、再び本を読み始め……られなかった。私が、お兄ちゃんの本をひったくったからだ。
「お兄ちゃんのケチ! そんなこと言って、どうせ何も分かってないんでしょ!」
私は知っている。お兄ちゃんにはこうやって犬のように噛み付けば、すぐに折れることを。
「ったく……仕方ない、頭の固いお妹のためにヒントをあげよう」
私は、こめかみをピクピクさせたが、それよりも真実を知りたい欲望が脳を支配していた。
「テレビでやってる大掛かりなマジックショーってあるだろ? あれってマジシャン一人の力で成功させているわけじゃないんだ」
「そうなんだ」
そういえば、真衣は手品部に入ったって言ってたわね。
「……」
「……え、終わり? これでヒント終わり?」
「ほぼ答えだろ」
「ヒントっていうより、無駄知識っていうか……」
「ほら、あとは自分で考えな」
分からない……。真衣の占いの正体も分からないし、お兄ちゃんの言ってる事も分からない。分からない事だらけだ。
「大丈夫。そんな無理やりルートビア飲まされたような顔するな。この事件で誰かが不幸になるようなことは無いから」
お兄ちゃんは、そう言うとやさしく微笑んだ
お兄ちゃん……。
事件って……何? ここはドラマでも推理小説の舞台でもないのよ……?
分からないことだらけの私は、きっとルートビアを100杯ぐらい飲んだ顔をしていたと思う。
毎日更新予定です。
ルートビアはまずいと思います。(個人の意見です)