その2
昼休み、私はいつものように真衣とお弁当を食べていると
「あ、そうだ。ねぇアリス、ちょっと占ってみない?」
「どうしたのよ真衣。やぶからぼうに」
いきなりのことに私は驚く。不意の思い付きで占いって出来るものなの?
「今さっき食べてたお弁当に、何か変なものでも入ってたの?」
「そんなわけないでしょ。ねぇアリス知ってた? 私の占いって結構当たるのよ」
「知ってるも何も、はじめて聞いたわよ。真衣が占いを得意だなんて」
真衣と知り合ってからまだ一月も経っていない。
「まぁまぁ。とりあえずやってみない? 私の占い」
「まぁ、タダならお願いしようかな」
「タダなのは初回だけね」
真衣はそう言うと、鞄からトランプより一回り大きいカードを取り出した。
「これって……」
「タロットカードよ。実物を見るのは初めてかしら?」
「うん。結構本格的なのね」
「まぁ、やるからにはね」
真衣は慣れた手つきで机の上にカードを裏向けで並べていく。
見慣れない光景が始まったので、徐々にクラスメイトが私たちの机に集まってきた。
「じゃあ今から、今日のアリスがどんな運勢なのか占ってあげましょう」
「もう半日経ったけどね」
「じゃあ、この中から一枚適当に選んでね」
机の上には、裏側のタロットカードが10枚置いてある。
私は特に何も考えずに、一番左端のカードを指差した。
「これ」
「これでいいのね。じゃあめくってみましょう」
私が選んだカードには、なんだかカラフルな格好をした男性と、一匹の犬が描かれていた。
「これは、愚者のカードね」
「グシャ?」
「簡単に言うと、馬鹿ってことね」
「私のこと、馬鹿にしてる?」
「あなたが選んだカードがね。でも安心して。これは愚者のカードの正位置なの。意味は、天才とか可能性とか純粋」
「えっと、ほめてるのかしら」
「でも、このカードは愚者のカード。馬鹿であることは違いないわ」
なんて腹たつ占いなんだ。
「愚者のカードの正位置。そしてあなたは高校生。ここから導き出されるあなたの今日の運勢は……」
盛り上がっていたギャラリーが静かになる。
「嫌いな授業が中止になる!」
静寂がしばし続いた。
「……え? そんな占いの結果あるの?」
「アリスは嫌いな授業はあるの?」
真衣は私の疑問を無視して聞いてきた。
「まぁ、そうね。この前話したかもしれないけど、社会は苦手かな。科目が嫌いというか、先生が苦手って言う意味でね」
「社会の浦頭先生ね。私も苦手」
真衣は苦笑しながら言った。
浦頭先生は、ちょっと嫌味な言い方をよくする中年の男性教師。
インテリという言葉を体現したかのような人で、話し方がいちいちくどい。
ただ、長身でイケメンで未婚(不確定情報)なので、一部の女子生徒からは人気があるらしい。私は遠慮しとくけどね。
「そういえば、今日の5時限目は社会だったわね。本当に中止になるのかしらね」
「私の占いは当たるわよ」
真衣はクックックと気持ち悪い笑い声を出した。
「ま、せいぜい期待しとくわ」
この時の私は、一ミリも真衣の占いを期待していなかった。
しかし、真衣の占いは的中することになる。
5時限目のチャイムが鳴り、教室に入って来たのは、浦頭先生よりもブサイク(失礼)な他教科の先生だった。
クラスを見まわしてみると、先ほどの真衣の占いを見ていた10人ほどの生徒が、真衣を驚いた顔で見ていた。
私も真衣を見た。真衣はイタズラに成功した子供のような顔でニヤッと笑っていた。
「浦頭先生が出張のため、本日は自習になります」
代わりの先生が、少し面倒臭そうな声で言った。
私は、苦手な先生の授業がない喜びよりも、本当に占い通りの結果になったことに何故か怖くなった。
5時限目が終了した後、真衣の机の周りには10人ほどの人だかりが出来ていた。
「私も占って!」
「私も私も!」
クラスの女子たちが真衣に占なってもらおうと、躍起になっている。
「まぁまぁ落ち着いてよ。占えるのは、一日一人だけなんだから」
その様子を見て、私は漫画に出てくるモテモテで仕方ない男の子を想像した。
「よーし、明日真衣ちゃんに占ってもらう権利をかけてじゃんけんしよう」
「じゃあいくよ? じゃーんけーん」
占ってもらう権利をかけて女同士の争いが始まった。
一度占ってもらった私は、ちょっとした優越感に浸っていた。
「あーいこでしょっ! あーいこでしょっ!」
必死にじゃんけんをしている女子たちを見つめる男子の目線は、かなり冷ややかものだった。
「……あの場に加わらなくてよかったわ」
私は心の底から思った。
帰宅して居間に向かうと、いつものようにお兄ちゃんがソファーに寝転がって、本を読んでいた。
「ただいま」
「おかえり」
お兄ちゃんは、本から全く目を逸らさずに返事した。
「帰ってくるの早いね」
「学校でやることも無いしな」
「何分前ぐらいに帰ってきたの?」
「30分前」
同じ高校に通っているのに、なんでそんなに早いんだ。
「今日は何読んでるの?」
「推理小説」
「いつもと一緒ね」
ここで、うちのお兄ちゃんについて紹介しましょう。
一歳違いのうちのお兄ちゃんは、大の推理小説好きだ。
推理小説以外にも、読んでるとは思うけど、私が「今何読んでるの?」とたずねると、9割方お兄ちゃんは「推理小説」と答える。
お兄ちゃんの影響かは分からないけど、私も推理小説は結構読む方。
あぁ、お兄ちゃんも私と同じハーフなんだけど、髪の毛は黒くて、あんまりハーフっぽくないの。
兄妹間の中は、普通……だと思う。嫌いなわけでもないし、でもお互いにべっとりしてるわけでもないし。
どこにでもいる兄妹よ。
「そういえばね? 今日学校で面白いことがあったのよ」
私はお兄ちゃんに、真衣の占いのこと、その占いが見事的中したことを話した。
「ってことなのよ。私、真衣が本当に占ったとは思えないのよね。なにか仕掛けでもあるんじゃないかって」
推理小説好きのお兄ちゃんなら、なにか分かるかもしれない。
「……」
お兄ちゃんはようやく本を閉じて
「本当に予知能力でもあるんじゃないの?」
と言った。結構非科学的なのね。お兄ちゃん。
「何十回も占って、一回当たるならまだ分かるけど……。真衣の占いには、なにか仕掛けがあると思うの」
別に確信があるわけではないけど、なんとなくそんな気がする。
「先生が出張だって知っていただけなんじゃないの?」
「え、でもどうやって知ったの? 朝のホームルームでうちの担任はそんなこと言ってなかったし」
「職員室で調べたんじゃないか?」
「うーん」
腑に落ちない私も見て、お兄ちゃんは小さく溜息をついた。
「いいかアリス。仮に、この占いに何か裏があったとする」
「うん」
「その場合、何が一番疑問だと思う?」
「え?」
「何でこんなことをする必要があるのか。ということだよ」
「えーっと、そうだなぁ……」
「それが分からないと、どんなに考えても意味ないぜ」
お兄ちゃんはそう言うと、再び本を読み始めた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ何? お兄ちゃんは占いの仕掛けが分かったの?」
「うーん、まぁ確信は無いけどな」
「それでもいいから早く教えてよ! 真衣はいったい何をしたの?」
「質問ばっかりだな。もうちょっと自分で考えてみたらどうだ?」
お兄ちゃんはそう言うと、それっきり私の質問にうんともすんとも答えなかった。
お兄ちゃんのケチ!
頑張って毎日書きます……