その1
人生は、自分で決めるものだって偉い人はよく言うけれど、ある程度のレールは生まれ落ちたその瞬間に決まっていると、私は思っている。
その最たるものが親だ。子供に親は選べないのだ。
あ、別に、小難しい話をしたいわけではないの。
ただ私は、自分の髪の毛と、瞳の色。そしてこの名前は、もうちょっとだけ、どうにかならなかったのかと、よく考えてしまう。
似合っているよ。と言われてしまえば、それで終わりなんだけど、私が、
自分を好きになるにはまだ時間がかかりそう。
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「くっ」
私は、一度目のジャンプで、下駄箱の扉を開き、
「ふっ」
二度目のジャンプで、踵を踏んづけていない上履きを下駄箱から取り出す。
私はローファーから上履きに履き替え、ローファーを手に持つ。
「よっ」
私は、下駄箱にローファーを投げ入れ、一息ついた。
朝から下駄箱のでぴょんぴょん飛び跳ねるのも私ぐらいだろうな……(しかも足元のすのこが結構うるさい)
今度、先生に言って下駄箱の位置、変えてもらおうかな。
そんな、全校生徒できっと私だけが考えている……いや、うちのクラスにはもう一人同じことを考えている奴がいたわね。
ゴーンゴーンと、予鈴が響いた。
「やばっ」
私は、小走りで階段へと向かう。
一年生の教室は、五階建ての校舎の五階。しかも私の所属する8組は一番端っこの最悪なポジショニングだ。
私は、だらだらと階段を登る上級生たちをかき分け、階段を駆け上がる。
階段を一気に五階もあがるのって正直しんどいと思わない? 夏場はこれだけで汗をかきそうよ。今から不安だわ。
なんとか五階に上がっても、教室は一番端にある。ラストスパートだ。
とうに予鈴は鳴り終わっている。
まだ四月中なのに、遅刻は嫌だ……お願い先生、まだ居ないでください!
ガララッと勢いよく、ドアを開けた。
教室内では、クラスメイト達が談笑していた。
ホッと一息して、私は、窓際の席へと向かう(思ったけど、さっきから端ばっかり目指してる気がする)。
「おはよう、今日はギリギリだね?」
「先生、来てなくて良かったね」
二人のクラスメイトから、声を掛けられる。
「ちょっと遅刻したのと……相変わらず下駄箱が……」
私がそう言うと、
「ぷふっ、ちっちゃいからね。アリスは」
「アリスちゃん、やっぱり先生に話した方が良いんじゃないの?」
対照的な二人の反応。でも一致してるところが一つある。
「二人とも……子ども扱いは禁止!」
私の叫び声が教室に響いた。
自己紹介をしましょう。
私の名前は小山内アリス。おさないありすよ。本名よ。
幼いアリスではないわ。絶対に間違えないで。
髪の毛の色は細い金髪。目の色は黒よりの青。
父親がイギリス人で、母親は日本人のハーフなの。
あと身体的な特徴としては、悲しいことに身長が142センチ。未だに小 学生に間違われるわ。体重とスリーサイズは秘密。
好きな物は醤油ラーメンとわらび餅で、嫌いなものは牛乳と納豆。
性格は正直者ってよく言われる。褒めてるのか馬鹿にしてるのかよく分からないわね。
私が通っているこの学校は、県立M高等学校。どこにでもある普通の高校よ(偏差値も普通)。
えっと、あとなにか書かなきゃいけないことあったかな……。あぁ、私には一つ上のお兄ちゃんがいて、お兄ちゃんもこのM高等学校に通ってるわ。
……うん、私の自己紹介はこんなものよ。
他の登場人物は追って紹介するわ。
朝のHRが終わって、机の上に突っ伏していた私の背中を、誰かが指で突いた。
「いたっ、誰よぉ」
反射的に後を振り向く。
「アリス? 朝から元気ないのね? ご飯抜いてきた?」
真衣のセミロングの髪が小さく揺れる。
「幼いアリスちゃんは毎日牛乳飲まないと、大きくなれませんよ?」
真衣は悪戯っぽく微笑んだ。
「私の名前は小山内アリスね! イントネーションが違うから! あと、牛乳は嫌いだって、前にも言ったでしょ」
「だからこんなにちんまいのね」
「うるさい。今日は朝から走って疲れてるんだから、ほっといてよ」
「アリスで遊びたいの」
真衣は屈託のない笑みでそう言った。
「ねぇ、あんたって今まで友達少なかったでしょ」
私は、自分なりに精いっぱい皮肉を込めて言う。
「すごーい。名探偵なのねアリスは」
真衣はわざとらしく拍手をする。
「そういうところが、アレなのよ真衣は……」
「こんな私と仲良くしてくれるアリスが好きよ」
「はいはい」
この、兼崎真衣という女は、出席番号的に、私の真後ろの席に存在するクラスメイトで、高校生活最初の友人(ちょっと後悔したりするけど)。
性格は、皮肉屋というか、一癖ある奴で、想像した受け答えをあんまりしてこない奴と言うべきかしら。
あぁ、なんというか飄々としてるのよ。そう。言葉で性格を表せないところが、正に真衣という女なの。
そんな変な奴だけど、なんでか馬が合うのよね。気を使わないで良いというか、なんていうか。
「でもまぁ、毎日端の教室まで来るのは、正直面倒よね」
真衣は、苦笑いでそう言った。
「でしょう? しかも五階よ」
「アリスは歩幅が小さいから、階段上がるのも一苦労ね」
「一言余計なのあんたは」
あぁ、書き忘れたけど、この兼崎麻衣とかいう女は背が高い。
いや、私からすれば、自分以外の生徒は全員背が高いんだけど、真衣の身長は165を超えている。
そしてなにより、スタイルが良いのよこの女は! きっとバストサイズはC……きっとそれ以上あるわ。
あまつさえこの女の顔は可愛いんだから、天は二物を与えずっていうあの格言はきっと嘘ね。
「どうしたのアリス? 私の顔に見惚れてるの?」
真衣は、小さくウィンクをする。今まで見たウィンクで一番きれいなウィンクだった。
「そういうことでいいわ」
「アリスの方が、可愛い顔してるよ」
「はいはい。ありがと」
「つれないなぁ~。あ、ところでアリス。部活は何部に入るか決めた?」
「部活……あぁ、そろそろ期限なんだっけ」
「そう。今週末……だから、今日入れてあと五日まで」
「真衣は、何部に入るつもりなの?」
「私は……考え中。アリスは?」
「私は……私も特に決めてないなぁ……」
「そうなんだ~……ふ~ん」
真衣はニヤニヤと不敵な笑みを浮かべている。
「良いこと聞いちゃった」
「良いことって……」
私の言葉を遮るように、一時限目の開始を告げるチャイムが響く。
「あ、先生きた……」
真衣は、後ろの席へと戻ってしまった。
良いことって何なのかな……?
可能な限り毎日投稿します