第四話:王女が心配しながら忠告してくるのがむちゃくちゃ可愛い件。
――異世界時間4/2 AM:07:21:12――
一拍おいて、扉の向こうから幼い少女の声が聞こえてくる。扉に遮られ、仄かにくぐもった声はどこか心配そうな響きを帯びている。
「入っていい?」
優伸にとって、それは聞いたことのある声であった。クリスティアナの声だ。だが、普段の歌うような語尾はなりを潜めている。
「ティアナ? ……もちろん、おいで。」
優伸は、きっとクリスティアナに心配をかけてしまったのだろうと思って、できるだけ優しい声で誘った。早く顔を見せて、安心させるためにも。
部屋と廊下の温度差からだろうか、カーテンがわずかに揺れ、少しだけ冷たい風が部屋に吹き込む。
「マサノブ、本当にもう大丈夫?」
風とともに入ってきたクリスティアナは、心配そうな表情をしながらマサノブを覗き込む。
昨日と同じ、二つに分けて結ばれたツインテールの髪。その片方を留めているのは昨日優伸が彼女に送った虹色の花の髪飾りだった。それが、少し嬉しくて優伸は僅かに微笑んだ。
「大丈夫、彼女が看病してくれたみたいだからね。」
そう言って、優伸はエレアノールを見やる。
エレアノールは、流麗な動きで一礼しながら言った。
「大丈夫ですよ、ティアナ。しっかり、治しましたからね。」
優しく、微笑むエレアノールからは微かに母性と、ぬくもりを感じる。
「さすがエレア! 頼りになるわ。」
少し、ませた言い方。だけど、その語尾は歌うような、踊るような、そんな子供っぽくてお転婆な響きが戻って来ていた。優伸はそれを聞いて僅かな安心を得る、可愛らしい少女に不安げな顔は似合わないから。
「回復の腕だけならティアナにも負けませんから!」
エレアノールはそう言って両手を胸の前でぐっと握り締めて無邪気に笑った。
「もしかして、エレアノールさんって……。」
優伸の控えめな質問は途中でエレアノールに遮られた。彼女は不満そうな顔をして抗議するように言う。
「ティアナばっかりずるいです! 私のこともエレアって呼んでくれていいんですよ。」
「んん……エレアって実はすごい人だったり?」
優伸は一度咳払いをすると、今度はしっかりと質問を最後まで言った。
「エレアは、癒しの巫女の二つ名を持つ最高の回復術師だよ。私や、お母様もかなわないんだから!」
クリスティアナはエレアノールと親しいようである。それが故か、自分が褒められたわけではないにも関わらず、堂々と可愛らしくつつましげな胸を張りながらクリスティアナは言った。
王宮内であれば、回復術士は数多くいるだろう。それも、王女であるクリスティアナが回復を依頼したのであれば、その仕事に充てられる人物は精鋭中の精鋭。まして、今回はその対象が勇者である。ならば、最高の回復術士こそ任せるにふさわしいだろう。よって、状況がエレアノールは最強の回復術士であると証明しているようなものだ。疑うべくもない。
「エレアは本当にすごいんだね。」
そう言って、優伸はエレアノールとクリスティアナの両方を収めた目を僅かにエレアノールに傾けて言った。どこか、おっとりとしていて可愛らしい性格をした彼女がと考えると意外であるとは感じる。
「もっと褒めてくれてもいいのですよ。」
エレアノールはそう言っておどけてみせた。
和やかな雰囲気と共に、一瞬だけ静けさが訪れる。
クリスティアナはその間に、部屋の中を歩いて進むと椅子にピョンと飛び乗って足を組む。
「マサノブ、今日はこれから少しだけ三人で戦闘の予行練習に行こうと思うの。だけど、その前にひとつだけ約束して。」
ゆったりとした動作で足を組みながら、上に向かって人差し指を立ててそう言った。今までにない毅然とした声だった。
「何を約束すればいいのかな?」
優伸はそれが重要な話であると悟って息を呑みながら返答を待つ。
「この髪留めの、止め紐。伸びるし、すごく扱いやすい。だけど、これは、この世界にある素材じゃない。それは、わかってると思うの。……だから、お願いはこういったこの世界にない素材に関すること。こういう素材は、もう作っちゃダメ。ううん、それどころか物を作り出すのはしばらく禁止!」
クリスティアナは立てた指で自分の髪留めを指差すと、そう言った。真剣で、だけど、どこか心配そうなそんな顔を、声を、して。
「なんでか聞いてもいいかな?」
優伸は、それがきっと自分のためだと思うとその線引きを明確にせざるを得なかった。クリスティアナは戦闘の予行練習と言った。ならば、二人がピンチに陥ったとき、段階を経てその縛りを解除する必要もあるかもしれない。なかったとしても、その情報は今後非常に重要になってくるはずだ。<空創顕界>を使わない選択肢は考えられない、このスキル自体は破格の性能を誇り、無限の可能性を秘めている。だとすれば、その能力の一部を封印する理由や、封印すべき能力自身をよく知るべきだと感じたのだ。
「正確には、マサノブにして欲しくないのは物質の創造。それは、魔法にすら許されていない神の領域を侵す行為。それだけに異常な魔力を消費する。……本来、魔法は、すぐに消えてしまう。持続時間を伸ばそうとすればするほど、指数関数的に必要な魔力は跳ね上がっていく。私には、この小さな火が手から離れたあと三時間維持されるような魔法でもすら、一回で魔力枯渇に追い込まれるわ……。」
最初に指を立てた場所に、髪留めを差した指を戻し、空中でクルンと円を描くとそこには幾何学模様が織り成す魔法陣と思わしきものが現れた。クリスティアナの描いた魔法陣の上にマッチの火程度の小さな炎が起こりそれが、肌でも感じ取れぬ微細な風に煽られて揺れている。その炎は、クリスティアナの顔の半分に影を落とし、半分を逆に明るく照らしている。
「ティアナは優秀な魔術師です。決してマサノブ様を侮っているわけでもないし、おかしなことも一切言ってません。……話を聞く限り、あの髪飾りはアーティファクトに分類されるようなものなのです。」
エレアノールはクリスティアナの言葉を補足する。嘘をつくとも思えない状況で、嘘など吐いていないとばかりにどこまでも真剣な表情を浮かべて。
「つまり、物質を作り出すのはとてつもない魔力を消費する。だから、俺は昨日魔力欠乏症になったわけかな? そして、一歩間違えると昨日よりひどい魔力欠乏症に。この認識で正しいかな?」
優伸は二人を心の底から信じた。だが、この世界の魔法、その概念をすべて理解したわけではなかったのだ。故に、優伸の認識には齟齬があった。
「そう、最悪マサノブが死んじゃうから。そんなの、嫌だから。」
クリスティアナは、わずかにうつむきながら灯した炎を手のひらで握りつぶすように消して俯いた。俯いて、顔を上げながら静かな、だけどどこか泣き出しそうな声で言い放った。
その態度には、明らかな強がりが含まれており。彼女の唇はわずかに震えている。クリスティアナは本当は泣き出してしまいたかった、それでも彼女は王女であり、魔術師なのだ。自ら導き出した仮定を、忠告を、優伸に伝える責任があったのだ。
クリスティアナは、不安からか椅子を立って、一歩二歩と優伸に近寄った。
「よく……わかったよ。約束する、使わないよ。だけど、今の話だと物を加工するのは大丈夫かな?」
それができるのなら、大概の状況は切り抜けられる地震があった。死ぬ、と言われ一瞬は動揺したもののすぐに落ち着きを取り戻し優伸はクリスティアナに再度問いかけた。
「うん!」
クリスティアナの面で笑顔の花が咲く。唇の震えも、収まって、いつもどおりの天真爛漫な少女が戻ってきたのだ。