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森の魔女



私は初めて空を飛んだ。羽が生えたわけじゃない。絵にかいたような美しい景色も見えない。

だから正確には、浮いた、という方が正しいのだろうか。


私はもしや放物線でも描いているのだろうか。ゆっくり、ゆっくり飛んで、体の自由は効かず、感覚すらない。私の肉体は本当にこの空間に存在しているのかと疑ってしまう。


ゆっくり、ゆっくり。そして―――――――一気に落ちた。


一瞬だった。痛みは感じなかった。ただ、頭というか肉がつぶれるような音だけが聞こえた。

その後、眠りにつくようにいつの間にか意識はなくなっていた。




夢を見た。

私は空を歩いていて、足元では大きなトラックとたくさんの人々がいた。何か事故でもあったのだろうか。トラックを囲むように円形になっている人々の中心に立つと、そこにはよく知っている、いや、誰よりも知っている顔があった。


「……どういうことだ」


顔はなんとなくわかるが、頭の形は原形をとどめていない。トラックから離れたところに倒れている『私』。アスファルトには大きな紅い華が咲いている。見ていて気持ちのいいものではない。


暫くすると男たちが数人来て、何やらトラックの下から引き抜こうとしているように見える。少し観察していると、真っ赤な腕が出てきた。誰かが下敷きになっているようだ。

誰、いったい誰だ……少しずつ近づいていくと



おい――!起きろ!起きろってば―――――――――


聞いたことのないこもった大声が、私のいる空間に響く。

耳障りだ、静かにしていてくれ。そう願っても声がやむことはない。


寒い冬の日に、まだ眠たく布団で温まっているときに「起きろ」と親の大声が家に響いているような感覚と不快感。あぁ、まさにそれだ。やまない大声に布団の中に潜り込んでしまうようなあの感じだ。



あぁ、うるさい!




まず感じたのは、土の香り。それから草、じめじめとした日陰に生えているようなコケのようなにおい。


「おい、おい!大丈夫か、しっかりしろ」


低く太い大きな声。ゆっくり重い瞼を持ち上げると、そこには大きな岩があった。苔の生えた古い岩。その岩が、喋っている。喋っている!?

なんとなく流してしまいそうな状況であったが、慌てて考え直す。


やがてそれに浮いていたような意識が吸い込まれるように肉体に戻ってくる。暫くすると意識ははっきりとして、目の前もしっかり見えるようになった。


そこにいたのは『動く岩』目はついているようで、人間と同じようなその瞳は私をじっと見つめている。


「……うッ」


声を出そうとすると、全身が痛んだ。折れた骨がきしむような感覚だ。体験したことはないけれど。だが実際に骨が折れているわけではないようで、その後すぐに痛みは収まった。


「大丈夫か、ねぇちゃん」


私のことを心配そうに見つめる岩。体を起こし周りを見回すと、そこは暖かい光に包まれた部屋だった。私は部屋の隅のベットに寝かされていたらしい。壁には草がたくさんつるされている。ベットの横にある小さな机には水と、すりつぶされたような花と草が置いてある。


「ここは、どこだ」


と思わず思っていることが流れ出てしまう。意識ははっきりとしているのだが、混乱して未だに頭が回らない。しかしこのままではどうにもならない。とりあえずこの状況を理解しなければ。


「あぁ、説明してやっから。そこにある薬飲んどけ、落ち着くぞ」


岩に言われるがままに机の上に置いてあったすりつぶされた花と草、それから水を手に取る。これを薬みたいに飲めというのか。それにこのわけもわからない状況で訳の分からんものを口にできるものか。毒だったらどうするんだ。死んでしまうのはいいとして、体を壊す類のものは嫌だぞ。


なかなか薬を飲まずにいると、岩は不思議そうに言った。


「どうした。飲まないのか、薬?」


ここはなまないといけないのだろうか。いや、その前にこの状況を説明してもらわないと……そう頭の中で考えていると、何者かが部屋に入ってきた。


「ほら、客人を怖がらせるでないよ」


入ってきたのは、60前後くらいの、アルプスにいる人のような服を着た女。女はこちらに歩いてくる。


「私は客人の世話をするから、あんたは薪を割ってきてくれんかね」

「おう、まかせとけ」


そう言って岩はさっさと部屋を出て行った。

女は岩を見届けると、「さて」と言って服を脱ぐ。いや、何故服を脱ぐんだ、と心の中で突っ込みながら見てると、服が1枚舞い上がった瞬間女の姿が変化した。


目を疑った。こんなの、着替えとかそういうレベルじゃない。


女は20代かそこらのナイスバディな色気たっぷりの美人になっていた。釣り目気味の目に、紫色の瞳、長い睫毛、分厚く真っ赤な口紅の塗られた唇。真っ黒な髪は、胸元まで伸びている。服は身体のラインを強調するような漆黒のロングドレス。


全体的に黒い露出の多い服装で、どこに目を向ければいいのかわからない。男の人だったら、こんな感じの女の人を見ると興奮したりするのだろうか。


「客人の前だ。ちゃんとした姿で挨拶せんとな」


女は胸に手を当てると、声を張って名前を名乗る。


「私は、森の魔女アリッサ 。ここら辺の森は私が仕切っているところでな。薬草には詳しいんだ。魔力属性は植物だから、植物を操るのも得意だ」


森の魔女?魔力属性?何を言っているんだこの人は。そもそも、私はなんでこんなところにいるんだ。死んだんだと思っていたんだが、走馬燈は見れなかったし、生きているのか?

まずはそこから理解していく必要があると思うんだが……。


何から話せばいいか戸惑っていると、女――アリッサは何か思い出したかのように手をたたいた。


「もしや客人。君はなぜここに居るのか理解できていないのではないか」


「!」


まさにその通りだ。なぜこの魔女はそんなことを知っているのだろうか。


「さらに、自分は死んでいるはずで、ここがどこであるかもわからない。異世界から来た……そう考えてるのか?」


なぜそんなに思考を先読みできるんだろうか。不思議で仕方ない。だが、異世界から来たというのは考えてもいなかった。そんなことが現実であり得るものなのだろうか。


「……なぜ、そのことを」


「あぁ、実はもう一人客人が来ていてね。そいつから聞いたんだ。どうせそこにいるんだろう、入っておいでよリュカ」


アリッサが扉に向かって叫ぶと、ゆっくりと扉を開け、男が出てきた。

しかしその男は、私の天敵。


「な、なんであんたがこんなところにいるのよ」


「俺もよくわからないけど……」


私と徳井の様子を見て、アリッサは驚いたように「ほう」と呟いた。


「知り合いなのかい?彼は3日前に保護してな。さっき言ったように、異世界から来たとかココがどこだかとか何もかもわからないというもんだから、心配……というか興味がわいてね」


立ち上がり、徳井とすれ違いながらゆっくり扉に向かっていくと「心を落ち着けるハーブティーでも持ってくるよ。2人で話でもしていてくれ」と言い残して部屋を出て行った。


扉が閉まり、部屋が静まると慌てて徳井に質問しだした。


「ちょ、ちょっと!リュカって何?ココってどこ?答えろ徳井!」


胸倉をつかむ勢いで聞いていくと、徳井は「まぁ落ち着いて」私をベットに座らせた。なぜこいつはそんなに落ち着いていられるのだろうか。いつもは落ち着きないくせに、不思議で仕方ない。


「ここがどこかは多分アリッサが説明してくれる。俺の名前は……その。ここに保護されたとき、混乱して名前が名乗れなくて、それでつけられたんだ。光をもたらす人って意味らしいぜ」


「いや意味なんて聞いてないし。それに異世界から来たって何、なんなの」


「そこらへんもアリッサが説明してくれるって。ちょっと待っててよ」


なんだこいつは何でも知ったような口ぶりで。この状況を受け入れているように思える。いや、普段の落ち着きのなさはどうかと思うが、この対応力は本当に尊敬するよ。心の中でそっと徳井を称賛する。こんな事なかなかないぞ。


いつの間にかアリッサが戻ってきたみたいで、小さな机の上に可愛らしいポットとカップを3つ置いていた。ポットからは、ほんのり甘いような心地いい香りが漂ってくる。


「さぁどうぞ客人」そう言って私にカップを渡すと、ハーブティーを注いだ。徳井に対しても「リュカも飲むといい」と言って同じようにハーブティーを注いでやっていた。

彼女自身も一口飲み、一息ついてから話し始めた。


「さて、どこから説明すればいいかな……。何か希望はあるかい?」


結果として理解できるなら問題ないから希望も特にない。首を振ると、アリッサは「そうか」と頷いて話をつづけた。


「じゃぁまずはこの世界のことからかな。ここはフォレストライン、私の治めている土地だ。リュカは自分は別の世界の住人だと言っていた。それが事実だとすれば、君たちは君たちの世界からここ……すなわち『異世界』に来たわけだが、ここまでで何か質問は」


「……えっと、森の魔女……」


「アリッサでいい」


「アリッサは、そのことに関して何の疑問も持たないんですか。そんなことあるわけない……みたいな」


その言葉を聞いたアリッサは、少し笑って、愚問だと言わんばかりに答えた。


「この世界のすべてを知っている者なんて誰1人いないだろう。人々は『世界』のことを解明しようとするが、誰も成し遂げられない。だからこそ面白い。『世界』の可能性を否定する権利は、私にはないからねぇ。それに、興味深いしね、その異世界から来たって話は」


「そう、ですか」


なんとなくわかったのは、この人は科学者とかそんな思考を持っている人なんだろうという事。得意の方を見ると、そう言う事だと言わんばかりにどや顔をしている。何偉そうにしているんだ、たった3日前ココに保護されたくせに。


「そして、君たちがその『元の世界』にしても、方法もわからないわけだし、いつまでかはわからないけれど、少なからずこの世界に居なくてはいけない。そこでリュカは私の手伝いをする代わりにここに住んでいる、というわけだ。

それは客人、君とて例外ではない。ここで私からの提案だ。君、私の弟子にならないかい?」


途中までは理解していたはずなのだが、急に話が進み過ぎてだんだん頭が追い付かなくなってきている。徳井はよくこんな説明受け入れられたよな。


「ちなみにリュカは先ほど君の看病をしていたトロールという生き物に戦い方を習っていく予定だ。まぁ、基礎ができるようになったら町にでも出て剣を教えてもらうかもしれないが。


話の続きだが、君には魔法を使う才能がある。修業を積めば、森の魔女……いや、一国を仕切るような魔女になるかもしれん。どうだい、やってみないかい?」


困惑する私の様子はスルーなようで、話を進めようとしてくる。そもそも魔法ってなんだ。ファンタジーとかにあるようなやつか。才能って、そんなのなんでわかるんだ?だが、私を保護してくれた彼女に失礼な態度をとるわけにもいかない。私はそう言うところはしっかりとした人間なんだ。


暫く黙り込んでいると、アリッサは優しく微笑んで、そっと私の頭を撫でた。


「今日は驚かせたり、色々急いで説明してしまったり、悪かったねぇ。結論はそう急がなくていい。待っているから。今日はもう休むといい。まだ体も慣れていないし、色々精神的にもつかれているだろう」


彼女は私を横にさせて布団を掛けると、ポットとカップを片付けながら言った。


「安心しな。ここは安全だし、私が守ってあげられる。私はこれでもここらを治める『森の魔女』だ。多少腕には自信があるんでね。ほら、リュカも出て、客人を休ませてあげなよ」


徳井を外に出すと、再び優しく微笑んでこう言った。


「大丈夫。焦ることはないさ、ゆっくり考えな。とにかく、今日はもうおやすみ」


「お、おやすみなさい」


つられてそう返すと、アリッサは安心したようにゆっくりと扉を閉じた。




私は今まで死にたかった。あの世界は退屈だったし、生きる意味もなかったから。ここはどうなんだろうか、退屈せず、充実した日々を送れるのだろうか。生きている価値のある世界なのだろうか。

でも正直、徳井がいてくれてよかった。1人だったらきっと心細かっただろう。なぜあいつがここに居るのかは知らないが。


どうせ生きることになんて執着していないのだから、少しくらいこの世界を見てもいいのではないだろうか。この世界は、意外と面白い要素が多いかもしれないし。なんて。




森の魔女、魔力属性、フォレストライン、リュカ、アリッサ、トロール、『世界』―――……


自分の中で何度も同じ言葉が巡っていたが、いつの間にか眠りについていた。



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