プロローグ
初めての投稿です。
ノリでなんとなく楽しんでいただければ幸いです。
ほぼ一定のリズムで弾むボール、規則的な音。
閉め切ったその空間は蒸し暑く、立っているだけで汗がにじんでくる。
私たち1年はほとんど外で基礎練習であったが、わずかな休憩時間にこうしてさりげなく体育館に入り込み、先輩たちの練習風景を眺めている。
よくこんなにずっと打っていられるな。冷めた瞳で見つめながらただ突っ立っている。
この毎日は、いつまで続くのだろうか。
『死にたい』
最近私がよく心の中でつぶやく言葉だ。しかし、ドラマかなんかである典型的なパターン、つまり「もう生きていけないの、死ぬしかない!」という理由で私は死を望んでいるわけではない。
単純につまらないのだ。生きているのが。
私はまだ14年しか生きていないが、いつまでこのつまらない毎日が、得体の知れない日々が続くのかと思うと吐き気がする。この話を聞いて、たいていの人は、たかだ14年しか生きていないのに何を言っているんだと思うだろう。
それでも私は、この退屈な世界が嫌いだ。
きっと家庭がおかしいわけではない。ごく普通の家庭だ。母がいて、父がいて、妹がいる。毎日いつの間にかご飯を作ってもらえて、暖かい布団で眠れる、恵まれた環境。
こうやって意味もない事を考えながら荷物をまとめ、さっさと学校を出る。今は夏休み。外は体育館同様サウナのように蒸し暑い。早く家に帰って冷房の効いた部屋で昼寝でもしてやろう。そうしてこのつまらない1日を終えてやるんだ。
しかし後ろから聞こえてくる、私の天敵の声。
「相原!」
私を呼ぶその声は、やっと声変りが終わった男子中学生のもの。
反応してはダメだ。そう自分に言い聞かせ、聞こえなかったふりをする。勿論脚は止めない。
敵は手ごわいようで、どんどん私に近づいてくる。私の中ではゴキブリに匹敵するほどの脅威である敵―――徳井は諦めが悪い。つまりはしつこい。
「無視するなよー、相原」
さりげなく横に並んできてなれなれしく話しかけてくる徳井。ほのかに香ってくる柔軟剤、この匂いは好きだ。
徳井はこげ茶色の髪にそこそこ整った顔立ち、おまけに運動神経もよく、クラスでは中心となっている人気者だ。しかしなぜかこんな私に絡んでくる。暗い陰系キャラでぼっちだから可哀そうとでも思っているのか、と最初はそう思っていた。実は今も若干疑ってはいるが。
だとしてもこいつの態度はなれなれしいというかなんというか、とにかく平等な、対等な立場で接してくる。そうゆうやつは嫌いじゃない。
「おい相原、また俺のこと天敵だしつこいだなんだって思ってただろ」
「まぁね」
「……ったく、親友に向かってひどいなぁ。俺のこと嫌いなの?」
そう尋ねる徳井の顔は、どこか寂しそうで、不安そうで、幼いチワワの様だった。
「別に。嫌いなのと天敵だと思ってることは関係ないでしょ」
そう答えると、徳井は分かりやすく「そっか!」と言って再び笑顔になる。分かりやすい奴め。私がテンションについていけず疲れているところ、お構いなしにマシンガントークを繰り広げてくる徳井。私の体力限界というものを知らないのか。
それに、私と徳井の家はすぐ近く。私の家の玄関を出てから、約30秒で到着する。そのため毎日結局は一緒に帰っている。ついでに言うなら、母親同士も仲がいい。
しばらく歩いていると、汗が垂れてくる。帰ったら風呂にも入りたいな。
にしても、この暑さは何だ。ずっと外に居ればある程度なれるかな、なんて思っていたがとんでもない。
あまりの暑さに遠くの道路は歪んで見え、照り付ける日差しはアスファルトからも反射しているように思える。それほどの熱気だ。神め、完全に私をケバブにしようとしているな。香ばしいお肉になっちまうだろこの野郎。
とにかく不思議な感覚。脚は動いている、それはわかる。目の前に現れる交差点。ここは信号に引っかかると、次青に変わるまでが長くて嫌なのだ。夏暑い日は特に。
「ほら、早くしないと変わるぞ」
慌てて駆け出す徳井。そうだ、早く家に帰りたいんだ。こんな信号に引っかかってやるもんか。そう思って徳井に続くように私も走り出す。よし、どうやら間に合いそうだ。
信号が点滅する。早く渡らなければ。更に速度を上げて走ろう――――――
その時、一瞬意識が飛んだように思えた。
視界が暗くなったわけではない。ただ、脚は止まっていた。そして、ハサミできれいに切り取られたかのようにその一瞬だけ、記憶が、私の中の時間がない。おかしい。
待て、この状況はなんだ。なんなんだ。体はあるはず、神経も通っているはずなのに、言う事を聞かない。というか感覚がない。体はただ物体としてその場に存在していて、私の意識は別に、空中に浮いているような感覚。
セミの鳴き声がやけにうるさい。照り付ける日差しが暑い。遠くの道路が熱気で歪んで見える。
当たり前の光景のはずなのに、どこか違う。
やがて聞こえる音の種類が少なくなってくる。
煩く耳障りなセミの声、徳井の叫び声と、だんだん近づいてくるトラックの音。
いや待て待て、徳井の叫び声?なぜ、何故叫ぶ。にしてもセミの鳴き声さえもかき消すトラックの音は何なんだ。
ゆっくり、音のする方向へと首を向ける。それは、自分でも驚くほど鈍い。
目の前に突然現れた光景。それは、タバコを吸ったおっさんが乗っている大きなトラックが目と鼻の先にある。そんな光景。そして、ただの物体として存在しているような感覚の体にトラックとは反対の向きの何か強い力が加わる。これは誰かに引っ張られているのか。にしても、どこかで嗅いだことのある匂いだな。
徳井の叫び声は一つの音が長すぎて、なんて言っているか聞き取れない。そして、
引っ張られていた時とは比にならないほどの大きな力で何かがぶつかってきて、私の体が空中に浮いた。
なんだ、これ。
そのまま、いつの間にか本当に意識がなくなっていた。