大きなお世話よ!
「ロッテ=β=フォーク、君との婚約を破棄する」
王宮の花壇で私に剣を突きつけたユラヌス様が、冷たいまなざしでそう宣言した。
――そして私は呼吸を荒げ、自室のベッドから飛び起きる。
そう、これは全て夢の中だけの話。
現実ではただの一度も、ユラヌス様にそんなひどい台詞を言われた事はない。
ただ、これは今日に限った夢ではない。ここのところ、毎晩同じ様な夢ばかりみている。
日によってユラヌス様の台詞に違いはあるけれど、最終的に私がユラヌス様に婚約破棄を宣言されるのだけは変わらない。
現実ではユラヌス様はいつでも私に優しく、そして私を楽しませてくれる。
目と目が合えば笑いかけてくれる。私の手料理を美味しそうに食べれくれる。ずっと君の傍にいたいと耳に囁いてくれる。優しくキスをしてくれる。
世界中の誰よりも、私の事を愛してくれている。
今は隣国との戦に指揮官の一人として駆り出されているけれど、それもこちらの圧勝で事が進んでいて、間もなくお帰りになられるはず。
そしてその時、私はユラヌス様と正式に結ばれるはず。
――なのに、どうして?
「ロッテ、すまない。他に好きな娘ができたんだ」
ユラヌス様はそう宣言すると、見知らぬ村娘の手を取って隣国へと亡命していった。
――そして目を覚ました私の頬は、流した涙にぬれている。
予知夢? 正夢? どうしてこんな夢ばかり見るの?
私が、心のどこかでユラヌス様の愛を疑っているとでも言いたいの?
それとも心の奥底で、ユラヌス様にいなくなって欲しいと思っているとでも?
そんなはずはない。そんなはずはない!
私のユラヌス様への思いには、嘘も偽りも入り込む余地なんてない。私は彼の笑顔を見るために生きている。彼のためだから料理も勉強も頑張れる。彼に愛を囁かれれば血が瞬時に沸騰する。
世界中の誰よりも、ユラヌス様を愛している。
――なのに、どうして?
「ロッテ、君には本当に失望したよ。私の大切な娘に嫌がらせをするなんて」
ユラヌス様はそう言って、部下である女騎士の肩を抱いた。
――目を覚ました時、私は今までで一番冷静に夢を思い返していた。
夢に出てきた女騎士は私も良く知っている人物で、それが今回の夢を今までで一番現実味のある夢にしていた。
彼女はユラヌス様の家のメイド長の娘で、ユラヌス様の幼馴染でもあるソアラだ。ユラヌス様の傍にいる為に、王国騎士団にまで入った彼女。
そう、私と違い、ユラヌス様を追って戦場にまで行くことができる彼女。
それが、答えなのだろうか?
彼女への嫉妬と疑いが、こんな夢を見せているのだろうか?
あるいは、疑いなどではなく本当に……
私は良くない考えに頭をふり、朝日を浴びようと思って窓の方に歩いた。
――そして、思わず息を呑む。
窓の外を覗くと家の門の前に一人の女騎士、ソアラが馬を止めた所だった。
向こうもこちらに気づいた為、窓越しにソアラと目が合ってしまう。
こちらを見つめる彼女は無表情のままで、しかし私を睨んでいるようにも見えた。
「ロッテ=フォン=フォーク、君との婚約は――」
「いい加減に、いい加減にしてよ!」
「なっ!?」
私は強く叫んだ。
初めて、目を覚ます前にユラヌス様に言い返す事ができた。
「私はあなたを愛してた! 私はあなたを忘れられない! けれどそれがなんだというの!? 私は泣くわ! あなたの亡骸に縋り付いて、あなたの青白い顔にキスをするわ! ソアラの持って帰ってきたあなたのドッグタグを、私は婚約指輪の様に大事にするでしょう!」
「ロッテ……」
「けれど、それがなによ!」
私は、ユラヌス様の胸に飛び込んた。
「あなたを忘れることはたぶんできない。立ち直れるかもわからない。でも、だからって、私の今日までの幸せを奪わないで! ひどい夢ばかり見せないで! 私があなたに出逢ってから今日まで、どれほど幸せだったのかを忘れさせないでよ!」
「――ロッテ、ごめん。本当にごめん!」
「何が、よぉ」
ユラヌス様が力強く、痛いくらいに私を抱きしめ返してきた。
お顔を見ようと見上げれば、ユラヌス様の流す大粒の涙が私の頬に落ちてくる。
「生きて戻れなくてごめん。こんな風にしてごめん。僕だって、死にたくはなかった、君と一緒にいたかった!」
「ユラヌス様……」
「だけどもう、僕の手は君を幸せにできないから、せめて君が別の幸せを得られる様にと……」
「……わよ」
「え?」
「大きなお世話よ!」
そう言って、私は思わずユラヌス様を突き飛ばしてしまった。
ユラヌス様は驚いて、受け身も取れずに尻餅をつく。
「必ず、幸せになるから。今は無理でも、いつか必ず笑ってみせるから。だからユラヌス様、せめて、せめてこの夢の中では、約束を果たしてください。 ……私に、幸せをください」
「ロッテ…………わかった」
ユラヌス様は立ち上がり、私の両手を取り強く握った。
「ロッテ、世界中の誰よりも君を愛している。僕の妻になってくれ」
「はい、ユラヌス様」
そして、私達は最後のキスをした。