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商売敵は想い人  作者: 黒華崎クロ
クロエとガネルド
1/1

クロエの受難?

季節は春です。おそらく。


まだまだ寒い日が続くという予定だけどそれでも暦上、春だと故人達は言うのだから仕方がない。そう言うことにしておこうじゃないか。


さて。えらく急転直下な話になるが、私【クロ・エルロア・フロマーユ】知人の間で本人の了承もないまま広まった愛称クロエが商人になってから早数年が過ぎた。


今はここ【ガネルド】と呼ばれる商業地域の一等地【リーグファースト】で店を構えている。

人々の活気に満ち溢れた様はまさに商人達の憧れとも言える。

この地区に店を構えている商人達はきっと並ならぬ努力と日々の汗によって建築されたものなんだと思う。


かつては私の父【ヴェイガル・ジング】も朝早くに仕入れへ出かけ、夜遅くに帰宅しては鍛冶を打ったりしていた。

その隣で母の【ルクアル・ポルム】が布を縫って綺麗な服を作っていたことも私は覚えている。


二人とも根っからの商売人だった。

それに引き換え、私といえば……ここでのらりくらりと危機感の全くない生活を送っている。いわば穀潰しって奴。


その穀潰しが、さも、この店を自分で建てたかの様に話を展開している訳だが、当然ここは自分で建てた店ではない。正確には両親達がやっている店なわけだが、今はとある事情から一人で店を営んでいる。


その事情と言うのは、豪傑の商人魂を持つ父が、この世界に一つしかないと言われている『賢者の石』の在り処が記された地図を見つけたからと言って旅に出やがったのだ。しかもそれに母も面白がってついて行ってしまい、結局の所、店番という形で私一人だけがここに残ることになったのだ。


そのおかげもあって私は晴れて正式に商人として活動する事になり、書類上この店のオーナー、言わば店主になった。


……うん。


迷惑な話でしょ?



可愛い一人娘をほっぽってお宝探しに行っちゃうなんてさ。

朝起きておはよう言っても、寝る時にお休みって言っても返ってくる言葉が一つもないんだよ?

一人っ子にこれは拷問に等しいよ?

泣いちゃうよ?ていうか泣いたよ?

最初の一ヶ月はどれだけ泣いたことか。


まぁ…今になってはそんな小さな孤独にも慣れてしまったわけだけれども。



……本音を言うとまだ少し寂しい。



しかしながら向こうは向こうで無茶をすることもなく元気でやっているらしく、週に一度は必ず写真入りの便箋が送られてくる。


それを見ては安堵し、寂しさを紛れさせている毎日。


……それはそれで良い。

両親の事はそれで。


でも問題はこっち。


酷くこざっぱりしている店内に目を向けて私は愕然と溜息をつく。


ーーこの店内をどうしたもんか。


店としては武器、防具、雑貨を取り扱っている種類豊富なお店。要するになんでも屋さん。店の名前は【ルビリウム】


店の中には工房もあり、鍛冶屋としても機能しているから余程珍しい物をねだらない限りはここで生産し購入できるようにもなっていてなかなか便利な店として名も売れている。


だがしかし、外見が古臭いせいか、他の真新しい店にお客を取られているのが現状で、古い物には住みづらい環境になりつつある。


ここに来る人と言えば父と母の知人や友人ばかり。

ご新規様なんて最近じゃほんの一握りだ。


店の外は相変わらずの人集りで、

真向かいの店ではニコニコと店主が自分の店の得物を大ぶりなジェスチャーで説明をしている。


あ。目があった。

…今、鼻で笑った?


……あいつ、絶対私に喧嘩売ってるわ。


来る日も来る日もこの殺風景な店内からあんな人集りを見せられちゃこっちの気分が凹むというもの。

というかこのまま年月を重ねていつの間にか閉店しちゃいましたーなんて目も当てられない。


考えるだけでゾッとする。


私も馬鹿じゃない。

そりゃ今のこの現状を打破するために色々考えたし、行動もした。


宣伝や広告。コネや交渉。できる限りのことはやった。

だがこんなことをやるくらいで私の店の経営が向上するわけもなく、停滞を繰り返す毎日。


下がることはないが上がることもない。


まさにうだつの上がらない経営である。


そして私は今日も今日とて物思いに耽って裁縫に勤しむのである。


……やっぱりお父さん達のようにはなれないよなー。なんとかしなきゃいけないのに。


「…いつっ!」


……しまった。


裁縫途中に雑念を浮かべ過ぎたせいで手に力が篭ってしまい、勢い余って自分の指をぶっ刺してしまう。

血まで出てきた。最悪。

今日は厄日だ。

お客も来ないし、指まで怪我するし。


「絆創膏……あったあった」


近くに置いてあった絆創膏を巻いてグッと背筋を伸ばした。

作業を打ち切られてしまい興が冷めたのだ。

長時間に渡りチクチクと衣服を縫い合わせていたおかげで、すっかり肩が凝り固まって悲鳴をあげているほど。


この年で肩凝りに悩ませられるとは、一体どうなんだろう?と思う。


「……コーヒーでも作ろうかな」


ポットに水を入れてこようと台所へ向かって大きな欠伸を一つ。

水が沸騰するまでに少し時間がかかる。


その時間を持て余すまいと、無造作に置かれていた作りかけの銃と部品やら色のついた石のセットを両手に抱え、再びカウンターに座る。


……もう完成するんだ。私のオリジナルの作品が。


最初は趣味から始まった簡単な設計だった。

だが、考えれば考えるほど変わった発想を繰り返し、最後に行き着いた先がこの銃。両親にも内緒で作り始めてから五年。ようやくその過程に終止符を打てる。


「えっと…これを繋いで、配線を通す。それから接着してここをネジで固定。仕上げはこの【魔装石】をはめ込んで……」


電子回路を魔力供給に使った魔銃。

魔装石と呼ばれる魔法の動力源を使っているため弾切れを起こす心配もない半永久的に使用できる銃だ。


それに使用者の力量に応じて魔法も強くなるわけだから威力も抜群!


ーーーと、理論上成り立っている。


「……んー……あれ?」


切り替えレバーをカチカチといじり、引き金を引いてみるがこれと言った反応がない。

銃口を覗き込んでも何も出ない。

あれこれひょっとして……。


「ーーー失敗!?」


直後、ポットの湯が出来上がったとけたたましい音が。それとほぼ同時、白い閃光が店内を包み込み、凄まじい爆音がガネルド全土へと響き渡った。


沈黙の後に野次馬達の騒ぎ立てる声が聞こえ始める。


その一方で当事者の私はというと、太陽の光が店内に差し込んでいるという異様な光景を前に大口を開けて座り込んでいた。


「……もーー」


かろうじて言葉が出たと思えば私はこんな事を呟いていた。


「ーーもういやぁだぁ…」






その日の夕刊は「原因不明!昼下がりの火柱!」という題目で一面トップを飾ったいたそうな。





ここはガネルド。

その都市部から少しずれた所に位置する憲兵所。

そんな物騒な場所まで任意同行を余儀なくされた私はというと置物のように椅子に座らせられていた。


「で?久々に顔を出したと思えばなんだよ?その有様は」

「あは、あはははは……」

実家の屋根を破壊した一件で近隣住民の方がテロと思い、通報したらしく、私は憲兵さんと仲良く任意同行する羽目になった。

ボロボロでススだらけという実にみすぼらしい格好で私は憲兵団の職務室に連行され、父の友人である【ネルバード・キース】の職質を受けていた。


さっきから「あの子何やらかしたの?」「さあ?なんでも家を吹き飛ばしたとか」「うっそ!?あんな小さな女の子が!?」とか聞こえてくる時点で明らかに話が飛躍しつつあることを私は静かに悟りつつあった。

明日からどうしよう。「爆弾魔だ!お母さん!」「しっ!見ちゃダメよ」まで言われそう。

というか私のせいですかこれ?!

明らかに不慮の事故じゃない!

開発には致し方ない犠牲が出たと言うもの。

たしか、なんだっけ?コラなんちゃらダメージってやつですよ。うん。

ワタシワルクナイ!


「一体何やってたんだ?話に聞くとお前の家から火柱が上がったそうじゃないか」

「いやー…ちょっとした事故というかなんというか」

「いや事故だろ。それとも故意だって言うつもりかー?そもそもお前にそんな根性ないだろう」

咥えたタバコに火を付けてフッと煙を吹き上げる。

「あはは…さすがネルバさんです。話がわかる人で良かったって心底思いますよ」

「当たり前だ。アイツの知人なんだから。だが規模が規模だしなぁ。これだけ騒ぎを大きくされちゃこっちも事情くらいは聞いとかないと」

きつい目つきが私に止まる。

何年もお世話になっている人だがこの人のこの目だけは何度されても慣れない。

「り、理由は簡単です!魔法の出力を間違えたんです!」

「魔法?魔装石でも使ったのか?」

ネルバさんの問いに小さく頷き、彼女は呆れたように溜息をついた。

「はぁ…んだよそれー。それならそうと早く言ってくれよー」

「早く言ってくれってネルバさんは現場に来てないじゃないですか!?直接来てくれたらこんな大事にわぐっ」

私の頰を片手で挟み、ものすごい形相を浮かべるネルバさん。

「あの規模の事件が職質程度で済んでるのはどこの誰のお陰だと思ってんだぁ?ええ?」

「しゅ、しゅいましぇん…」


怖い…。同じ性別とは思えない…。どうやったらあんな顔できるの?

絶対何人かやってるよぉ……。


「まぁいいさ。今日のところはもう帰れ。後始末はこっちでやっておくから」


書類に自分のサインを書き殴り、タバコを吹かす。

そんなネルバさんの姿はどこか疲れているようにも見えた。


「…ごめんなさい!ネルバさん」


また迷惑かけちゃった…。そんな気持ちでいっぱいになり、おもむろに頭を下げた。


「おいおい。どうしたんだ?急に」

「だって、またネルバさんに迷惑かけたから……」


それを聞いたネルバさんはタバコを灰皿で潰して小さな声で「バカだなぁ」と呟いた。


「今に始まったことじゃないだろ?それに、お前はすーぐ無茶苦茶するからなぁ。あたしが面倒見てやんねーとな。ジングに顔向けできないからよ」

「ネルバさん…」

「たまにはこっちにも顔出せよ。もちろん問題起こす前に。な?クロエ」

「…はい!」


意気揚々と部屋を出ようとすると、突然ネルバさんに呼び止められる。


「おおっと悪いクロエ。一ついいか?」

「ほえ?」

「最近、悪徳商売人が増えて来ててな。品質偽造、模造品の製造販売、どれも詐欺商法として当てはまっちゃいるんだがこんなのはまだかわいいもんだ。一番やばいのは…」


言いかけたネルバさんがタバコの火を消して目を細めた。

無言だったとはいえ彼女が何を言いたいのか、私にはわかった。


「……人身売買…ですか?」

「ご名答。伊達に数年間も商人生活やってないな」

「それはそうですよ。私だってあのお父さんとお母さんの子なんですから」

「だな。……まぁお前の言う通り、ここ数日で何十人の子供達が行方不明になってる。迷子ってレベルじゃあないな」

「何十人…?!」

人数の多さに驚愕した。

規模が違う。

「それに痕跡も足がかりも残さないプロぶりだ」

「そ、そんなに凄いんですか?」

「ああそりゃもうお手上げ状態でな。いいか?クロエ。怪しい商人とは絶対に関わるな。下手すりゃ拉致られてそのまま出荷だ。そうなっちまったらあたしら憲兵でも手が届かなくなる。見つけたらすぐあたしら憲兵に言ってくれ」

「了解です。注意しときますね」

「良い子だ。んじゃ気をつけてな」


ネルバさんの時折見せる笑顔は本当に暖かい。

怒るとすっごく怖いのはお墨付きだけど、それでもネルバさんの周りに人が付いて行くのはきっとあの人の持つパッシブスキルなんだと思う。


「はい。ネルバさんもお仕事頑張ってくださいね」

「おう!」


職務室を後にしてふわふわと憲兵所を後にした私は外の空気を吸って大きく伸びをする。


伸びをした時にゴツゴツとした物体が背中を突く。


…あ、忘れてた。咄嗟にしまい込んだんだっけ。


暴発の原因。というか今回こいつのせいでわざわざ出頭する羽目になったわけだが、一体どうしてだろう?と頭の中で考える。


無論。設計自体は問題なかった。あるとするなら出力の問題。そこまで考えて私は思考をやめた。


衣服に伝わる太陽の暖かさと街に広がる人の声がそうさせたのだ。


ここ数日は店に籠りっきりで作業ばかり。そりゃ息も詰まるし、良いアイデアなんか出るはずもない。


「お散歩…いいよね。たまには!」


私の足取りは軽く、スキップをするように街中をかけた。


すれ違う人達は実に良い顔をしている。満足のいく商品を購入したときの表情、美味しい食べ物を買って食べたときの表情、そんな生き生きした表情が私は好きだ。


これだから商売人はやめられない。


そんな感極まった気持ちのままファーストリーグの大広間にやって来た私はそこに並ぶ店達を見渡す。

この広間はガネルドで最も人気と売り上げが高い上位6番までのお店が対峙する決戦区として有名だ。


今ファーストリーグでトップ争いを繰り広げているお店は全部で6つ。


合成屋の【サファイガル】

合成とは薬品などの調合も含まれるが、何よりここを利用する人たちは素材の加工を依頼することの方が多いらしく、その素材を他店でも使用するため、六店の中でも集客率が高い。ただし、一回の合成で取れる金額がそこまで高いわけではないからか、業績的にはトップには至らないらしい。


雑貨屋の【エメザルグ】

基本的な生活に必要な物資を販売しているテンプレなお店。

価格もそれなりにお手頃で利用するお客は多い。

ただ他の店に比べて秀でた特徴があまりなく黒字ではあるものの今一歩足りないという業績を残していっているらしい。


電気屋の【ペリドルン】

街灯やコンピューター、電子関連を専門とする店でこのガネルド一帯でも非常に珍しい店としてブームを密かに呼んでいる。

たまに区域を統括するお偉い様からの依頼で街の街灯の修理や特注の電灯を作ったりするなどをやっていたりする。

ただ電気系の道へ歩んだ人が少ないらしく人員難に悩まされているとかなんとか。


武器屋の【キューブック】

言わずと知れた武器専門店。それも業物が出揃うといったプロ専用武器を取り扱う。なんでも店主が打った剣は悪くても二千万の値がつくという。

ただし買って貰えれば一攫千金レベルの業務をしているため、たまにトップをとったり最下位をとったりと振れ幅がまるで読みきれない店である。

ここだけの話、隣にある防具屋を凄まじく敵視している。


防具屋の【プロトナイト】

ここも武器屋と同じく防具専門店として経営をしている。

ただ武器屋と違う所は価格に安定価格を維持しているという所。

クオリティに伴って値段は上がるが低く作ってしまった場合でも安く中古品として売るという決して余らせない方針で商売をやっている。

業績自体は平均のちょっと上を維持している。たまに出来が良い防具が仕上がると上位層に食い込んでくる。


……そして現在ぶっち切りの売り上げを誇るお店。

よろず屋【ダイアクルス】

他店の専門品よりは劣るもののその質は上の中。おそらくこのガネルドにおいてあそこまでの道具や武具、薬や食品を取り揃えた店はどこにもない。

これのせいで他の五店はおろか、商店全土の売り上げが崩落。

何十店ものお店が閉店していったという。


こんなにも手強いお店がある中で私のお店といえば……ランキングの圏外だ。


そりゃお店の規模だって品揃えだって他のお店に比べたら少ない方だし?オシャレさだって皆無だし?立地条件だってこんな広間にあるわけじゃないもん。

そう安安とランキングを争えるわけがない。


「でも……」


ダイアクルスを見上げて小さな手を固める。

私には約束があった。私が幼い時にした、とある人ととの約束。

いつかこの地で、一番のお店を一緒に開く、そんな大きな夢を描いた小さな約束。

今、商人の道を歩いているのはそんな約束(モノ)を実現する為だと思う。



……今日も頑張ってるんだろうな。

ノウェル君。


約束の相手は【カルス・ノーウェル・ダディン】

彼の営むお店は、私のすぐ後ろ。

雑貨店【エメザルグ】だ。


同じ商人同士、敵対関係にあるせいで滅多な用事がない限り、他店への出入りは許されていない。

なんでも暴動や業務妨害をしだすおバカな商人が後を絶たないせいでそんな法律まで仕上がる始末だ。


そのせいでここ数年ノウェル君とは口も聞いていないし姿すら見かけていない。


正直もう私のことすら覚えてないんじゃないだろうか……。そう思うとなんだかだんだん気分が憂鬱になってくる。


…早く戻って残りの仕上げやってしまおうと振り返った矢先のことだった。


振り返った視界を突如黒いローブが遮る。


「きゃっ」

「グガッ!?」


気にもしなかった私の背後に誰かいたらしく勢い余って頭突きを食らわしてしまう。


「ご、ごめんなさい!大丈夫ですか!?」


ローブに身を包んだその人は何やらもたつく素振りを見せる。

顔までは確認できず、私が手を差し出そうと座った時。


キィン…


鋭い金属をこすり合わせたような妙な音が耳を掠めた。


ーー抜刀音?!やばい!


その予感はあたり、手元を隠していたローブを突き破ってサバイバルナイフのようなもので斬りかかってきた。


なんの変化もない真っ直ぐな一突き。アサシンにしては動きが素人すぎる。


ーーこれならいける!


このまま刺されるほど護身術を甘く見積もってはいない。

ぶら下げていた銃を鈍器代わりにナイフを受け流し、体勢を崩したところで顔面に膝蹴りをお見舞いする。


「はああああ!!」

「ぐあああ!!」


相手の視覚を奪い、刃物を蹴り上げた後、武器を無力化。

そしてーー


「……動くな。そこまでだ」


ーー気がつけば私の銃は男の頭に押し付けられていた。

しまった…夢中のあまり《あいつ》が…。


「ちぃ!くそお!!!」

「う、動かないでください!」


その声を聞いた民衆が私達を取り囲むように集まり始める。


『な、なんだ?』

『アクション映画の撮影か?』


ーーよし。これならあとは憲兵に任せればいいかな。


どこの商人かもわからないが顔に切り傷を持ついかにも盗賊団の一味って感じの男だ。

さっきから私の顔をずっと睨んでいてその目が私から逸れることはない。


…なに?何か見てる?


「見つけたぞ!ベルガー!」


後ろから憲兵らしき人物が駆けてくる足音が聞こえる。束の間だが私は安堵した。

そしてふとした拍子にあろうことか銃口を逸らしてしまった。


「うおおおおお!!!」

「っ!?」

「あ、危ない!!」


一瞬の隙だった。

私が安堵したその一瞬を彼は突いてきたのだ。


ーーコレを見てたんだ。銃口の向きをずっと!


私が引き金を引くよりも先に銃を手で弾き、余ったその手で男は私の胸ぐらを掴みあげてきた。


「動くなあああ!!動けばこの女を殺す!!」

「くぅう!」


袖口から現れたのは仕込みナイフだ。それも実に小さい。まるで頚動脈を切るためだけに作られた暗殺道具の様に。


ーーこのナイフ…ブライド社製のクリタルナイフね……。


切れ味に特化したまさに暗殺や決め手の一撃のみに使用される軽量型ナイフ。ただデメリットととして強度は最低限の保証しかされておらず、これ一本で街の外に出ることは許可されていない。

要はそれだけ脆いってことだ。


……あの銃さえあれば、こんななまくら、すぐに叩き折れるのにぃ!


地につかない足をバタつかせるがどうやっても届きそうにない。

それどころかかえって首が絞まってしまう為、あまり頭の良い行為じゃない。


「道を開けろぉ!開けろって言ってんだろうが!!」

「くあっ!」


腕に更に力がこもる。喉の気道が狭まる感覚が気持ち悪い。それに頭が痛い。


しまった…息が…続かない!


酸欠だ。これ以上は…保たない。

私が人質のせいで憲兵達も民衆もだれも動けない。


「ぐぅ…」


ーーこれは……本当にまずいかも…。


死ぬわけにはいかない。

死んでたまるか。


心の内に広がる強い執念が私を満たす。脳裏を焼き付けるその思考はやがて私の視界を狭め…意識をぼやかす。

手の震えは次第に止まり、ゆっくりと男の手を掴み、力を込めていく。


ーー安心しろよ。お前には俺がいるだろ?


「…いっ…何しやがーー」

「《こいつの体》に…何しやがる…!」

「な!?」


男の表情が強張り、手の力がふっと緩まる。それを見定めた瞬間、渾身の拳を腫れた鼻へ叩き込み、男を殴り飛ばした。


「があああああああ!!!!!!」


悶絶する男。だが私はその光景に目もくれず息を整え、胸に手を当てて小さくこう呟いた。


…ありがとう。助かったよ…!


「て、テメェ!殺す!絶対に殺すうううう!!」


完全に正気を失ってる。

今度という今度は許さない。

あっちがその気なら私だって…。

目を瞑り、精神を研ぎ澄ませる準備に入った直後。


「ベルガー!貴様これ以上の狼藉は許さんぞ!!」


数人の憲兵だ。これで犯人も観念する…そんな淡い期待も虚しく、犯人は更に険しい顔色で叫ぶ。


「ちぃっ、国家の犬ども!お前らは何も分かっちゃいねぇ!!」

「分かってないのは貴様の方だベルガー!!犯罪に手を染めた時点でお前はもはや人並みではない!」


緊張感が蔓延る広場。

怯える人々や商人。非日常と化した日常を前に皆戸惑いを押し殺しながら私たちを見守っている。


「あーあ、人の店の前でギャーギャー騒ぐの辞めてくんないっすかねーそこのおっさん達」


長く透き通るような黒髪がすぐ横を通り過ぎる。

そして身の丈に合わない程の大太刀を片手に携え、その人は私の前に現れた。


ーーあれ?この人…。


不思議な感じだ。持っている得物から放たれる気なのか、それともこの人の持つ力なのか。ただ立っているだけだというのにその存在感が引き立つ。


「な、なんだね君は!危ないから離れてなさい!」

「だぁからさー。ぎゃーぎゃー騒ぐなってんですよ。こちとらただでさえ客が少ないってのにこれ以上客が減ったらどう責任取ってくれるんすか?」

「はぁ?!こんな時に何言ってーー」


話していた憲兵が突然として言葉を詰まらせた。

なぜ?その疑問への解答は簡単だ。

ーー会話対象が消えたのだ。忽然と。

何者かに止められたような時間の中でふと目線をそらせば、犯人の頭上を高らかに舞う彼女の姿が。

一陣の風。

春風の様に緩やかで優しい風。

だれも言葉を発せなかった。

そこにいるはずのない人間が風を纏いて現れたのだから当然だ。


「ーーーーーーーっ!!!!」

「お前も少しは大人しくするっすよっ!」


宙に浮いた彼女は男の髪を掴み、そのまま地面に顔面を叩きつけて綺麗なフォームを保ち、スタリと地に足をつける。


「はい。これで終わり。んじゃ後処理よろしくー」


周りは皆、呆然。憲兵さんもあんぐりと口を開けてただ事を見守るだけだった。


私はというと、ただ彼女の後ろ姿に移る不自然な影に目を奪われていた。


ーー今のって……。もしかして私と同じ…


「お、おい!早くこいつを捕まえろ!!」

「は、はいぃ!」


夢のような時間は動き出し、ギャラリー達も安心したのか徐々に普段通りの賑わいを見せ始めていた。

終わってみればなんて事はないただのハプニング。

傍観者にはその程度にしか思えないのだろう。


「やれやれ。僕が出るって言ったのにほんとに聞き分けないなぁ君は」


騒がしくなる広間に目立った会話が耳元をくすぶる。

声を辿るとさっきの女の子がなにやら白い服を着た男性と会話していた。


「お前がうだうだしてたからっす。助けるんならもっとはっきりしろってんですよ」

「準備が必要だったんだよ。サイちゃんみたいにいつも大太刀持ってるわけじゃないからね…」

「嫌味っすか?女っぽくないって言ってんですか殴るっすよ?」

「言ってない。むしろしっかり女の子として見てるよ。その小ぶりな胸をどうしてやろうかと四十九時中考えてーーぶべら!」

「ーー死ね!」


実に鈍く痛そうな音が響く。男の人は敢え無く地面に突っ伏して倒れていた。


「じょ、冗談です…。アダルトなジョークですよ…」

「アダルト過ぎるわ!ピンク一色じゃねぇですか!」

「あ、あのー……」


仲睦まじいそんな二人の会話を邪魔するのは心苦しかったが私はお礼の一つでも述べなきゃ帰れんと思い立ち、敢えて会話へ割って出た。


「あれ?さっきの人質ちゃんじゃないっすか。どうしたんすか?」

「あっあの、さっきはありがとうございました!おかげで助かりました!」


一礼してお礼を述べた私はそのまま回れ右して帰路につこうと歩んだ直後だった。


「ねぇ一つ聞いていいっすか?」


その声に反応した私は足を止めてゆっくりと振り返る。


「なんでしょうか?」

「その腰に付けた銃。変わった銃っすね?どこで買ったんすか?」


腰に差したままの銃に目が行った彼女は指をさしてそう尋ねた。


「えっと実は自作なんですよ」

「自作……?へぇ面白いっすね。失礼かもっすけど所属リーグは?」

「リーグはファースト在住です」


うんうんと頷きながら赤い瞳が私を捉える。その異様な眼光に気圧されて思わず目を逸らしてしまう。


「そうっすかそうっすか。ならあれっすね。いずれは選王戦に出るおつもりで?」

「えっと…まぁそうですね。あくまで希望ですけど」

「ほっほう!こりゃ面白いっす!いいねぇ!いいっすよーそういう度胸」


バシバシと肩を叩きながらナハハと笑う彼女。内心じゃなんなんだこの人と思っているのは内緒だ。


「サイシュ・アン・ユニマーズ」

「へ?」

「ウチの名前っすよ。サイでいいっす。人質ちゃん」

「あっ、私はーー」

「ーーおっと、それ以上はいけないっす」


名を名乗る前に口に栓をするように人差し指を突きつけられた。


「その名前は、選王戦であった時に聞いてあげるっすよ。だからその時までそれは取っておくっす!」

「えぇ?!いやそれはさすがに!ってえ?!」


選王戦であった時にって何を言うかこの人は!一生人質ちゃん呼ばわりされるじゃないですかヤダー!!

と思った矢先だ。


なぜ選王戦?


ふとした疑問が頭の中を横切ったのだ。


「大丈夫だーって。いずれはウチらの前にあんたは現れるっすよ。そんな予感がするっす」

「ちょ、ちょっと待ってください!もしかしてーー」

「ーーそうっすよ。ウチは六大商人の一人っす。人質ちゃん」


弾かれた音と共に舞い降りるコインのようなものキャッチして手に握り込み、それを私の前に見せた。


「赤鋼色の証っす。これは六大商人にのみ配布される資格みたいなもの。ちなみに……」


ややキツイ目つきで白服を纏った男の顔を覗き込む。


「ん?なんですか?」

「ここにいる変態も一応持ってるっす」


ーーなんとっ!?


「いやいや、サイちゃん。流石にそれは説明が酷すぎまがっ!」

「サイちゃん言うな!キモい!」

「理不尽過ぎですよ?!一体僕が何をしたって言うんですか!」

「ウチと同じ息を吸った。というよりこの世界にお前がいるっす」

「生存すら許さないと!?」


独特な会話だ。きっとこの二人くらいだろう。こんな会話が出来るのは。言葉に棘を感じさせない。

聞いていて心地良い。


「まぁこいつのことは良いっす。人質ちゃんもまだ若いんだからきっとここまですぐ来れるっすよ。あそこんとこの雑貨屋も君と同い年くらいだから」


目でその店を示し、彼女はウインクして見せた。

雑貨屋。この広間にある雑貨屋は一つだけだ。


「ノウェル君…」

「ん?あ、知ってるんすねーあそこの店長のこと。なんかウチの知名度が負けてる気がして妬いちゃうっす」

「サイちゃん。絡むのもそこまでにした方が良いですよ。そろそろお店に戻らないと」


肩に手を置いてそう促す。が、彼女はキツイ目つきで睨んだ後、口を尖らせた。


「サイちゃん言うな。次言ったら顔面に手形つけてやるっす!」

「はいはい。脅しは良いですから戻りましょうねー」

「あっ!ちょ!離せコラァ!叩っ切るっすよ?!あぁあああ!!」


まるで猫のように首を掴んでズルズルと引っ張られていくサイさん。

私はただ出荷されていく彼女を見送るだけだった。


「それではクロエさん。またお会い出来る日をお待ちしてます」

「え…あはい!ありがとうございました!」


含みのある笑顔で男性は私にそう呟き、私は1人その場に立ち尽くした。


…どうして私の名前を知ってたんだろう?


ささやかな疑念。しかし広場の時計台の鐘が鳴り、その疑念は直ぐに取り払われた。


「……あっ!私もお店があるんだった!!」


自分の日常業務を思い出し、広間をかけたのは太陽が昇りきり下降線を描き始めた昼下がりの出来事だった。

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